ジェイミーXXが語る、ダンスミュージックの新たな金字塔を生み出した「熱狂」と「内省」

Photo by Alasdair McLellan

 
言わずと知れたThe xxのトラックメイカー、ジェイミーxx(Jamie xx)の実に9年ぶりとなるソロアルバム『In Waves』は、これまで以上にエッジーで、なおかつダンスフロアの熱気と興奮が充満しているような作品だ。と同時に、ジェイミー個人の物語にフォーカスした私小説的な作品でもある。熱狂的だが内省的。コミューナルだがパーソナル。前作『In Colour』は2010年代におけるインディダンスの金字塔となったが、一層奥行きが増した今作もそれに勝るとも劣らない傑作だと言っていいだろう。

詳しくは以下の対話に譲るが、本作の野心的なサウンドは、新世代が「クレイジーなサウンドデザイン」の曲を次々と生み出しているクラブカルチャーの“今”にインスパイアされている。そしてそんな刺激的なアンダーグラウンドのシーンとは対照的に、退屈なダンスミュージックが量産されているメインストリームに対するリアクションでもある、とジェイミーは話している。つまり、The xxの『I See You』が2010年代半ばの「売れているポップこそが一番冒険的で面白い」という状況に対するインディからの応答だったとすれば、『In Waves』はメインストリームの冒険性に陰りが見え、再びアンダーグラウンドが活性化している2020年代半ばの状況を映し出した作品だということだ。

ただジェイミーが詳しく語っているように、本作は決して簡単に生まれた作品ではなかった。一時は曲も書けないほどのスランプに陥っていたというのだから、ソロ前作のリリースからしばらくの間、相当大変な時期を過ごしていたのだろう。しかしパンデミックで世の中のすべてが止まり、じっくりと自分を見つめ直す時間を持てたことで、徐々に彼は回復していった。このアルバムは、そんなふうにジェイミー個人が回復していく過程と、パンデミックから世界/クラブシーンが回復していく過程が重ねて表現されている作品でもある。だからこそ本作は、汗ばむようなダンスフロアの熱気が感じられると同時に内省的でもあるのだ。

本作リリースのアナウンス時にジェイミーはコメントを発表しているが、そこで彼は自分や世界が経験してきた困難を「wave、波」という言葉で表現していた。それを踏まえると、アルバムタイトルの意味合いも想像がつく。つまり『In Waves』とは、あなたや私、クラブシーン、そして世界を襲った様々な困難を乗り越え、深夜のダンスフロアでまた会おうというジェイミーからのメッセージなのだろう。




コロナ禍に取り戻した音楽への情熱

―『In Waves』は、前作以上にダンスフロアの熱気を感じさせると同時に、ある意味で内省的な作品だと感じます。自分ではどのような作品だと捉えていますか?

ジェイミー:このアルバムは完成までにすごく時間がかかったから、僕にとってどのような作品かって答えるのは難しいんだ。制作期間の体験が凄まじいものだったから、アルバムを完成させて以来、僕はまだアルバムを一度も聴いていないんだよ。でも、質問の表現はこのアルバムを正確に捉えていると思う。楽しいアルバムにしたかった一方で、内省的なものにしたいとも思っていて。メッセージ性も含めたかったけれど、あまりシリアスになり過ぎないようにしたっていうか。それに僕の、この数年間の考えや思いを代表するものにしたいと思ったんだよね。

―プレスリリースには、前作『In Colour』のリリース後、しばらくの間あなたが思い悩んでいたという趣旨のことが書かれています。それは具体的に何についてなのか、教えてもらってもいいでしょうか?

ジェイミー:僕の世代では――特にクリエイティブな分野に携わっている人は、30歳手前になると、次のステップについて悩む人が多いと思う。自分の人生において何を大切にしていきたいのか、ということについて考えるようになるっていうか。僕もそういうことを考えていたら、そのうちパンデミックが起きて、世界中の全ての人が同じ状況で生活せざるを得なくなって……パンデミックは多くの人にとって悪いものとして捉えられがちだったけれど、僕みたいな人にとっては、一度立ち止まって、「自分はこの15年間、何をやってきたんだろう?」ということを振り返る機会になったんだ。自分にとって本当に大切なものは何なのかを考えることができたし、作曲することやライブパフォーマンスをやることに対して再び意欲が湧くきっかけになったよ。

―人生の次のステップについて悩んでいたとき、何か具体的にやりたいことは思い浮かんでいたんですか?

ジェイミー:キャリア的な進路は特に考えていなくて、ビーチの近くに引っ越して、サーフィンをしながら残りの人生を過ごそうかと考えていたね。

―なるほど(笑)。パンデミックで一度立ち止まったことで、再び作曲やライブに対する意欲が湧いたということですが、それは裏返すと、パンデミック前はその意欲が失われかけていたということですか?

ジェイミー:そういう時期は確かにあったね。簡単に言えば、過度にやり過ぎていたんだと思う。当時、僕はツアー中で、最後にいたのは日本だった。その後にオーストラリアでライブが予定されていたんだけど、パンデミックが起きたから、ツアーを中断してイギリスに帰国しなくてはいけなくなった。イギリスに帰国してから気づいたのは、自分は延々と世界各地でライブをやっていたけれど、心ここにあらずという状態で、その活動に対して何の刺激も感じていなかったということ。ツアー三昧という自分の生活に慣れ過ぎてしまっていたんだろうね。イギリスに戻ってからは、昔のレコードばかり聴いていた。親が聴いていた古いレコードばかりだよ。ダンスミュージックを聴くと、仕事のことを思い出してしまうから、しばらくの間、一切聴かなかったんだ。で、自分がそもそも何でダンスミュージックが好きなのか、それと、ダンスミュージックが呼び起こしてくれる逃避的感覚について、改めて考えてみたりして。そうすることによって、音楽を作ることの楽しみを再び見出せるようになったし、僕が作りたいのは結局のところダンスミュージックだということに気づいたんだ。


Photo by Laura Jane Coulson

―あなたにとってパンデミックとは、久々にゆっくりと出来て、いろんな気づきを与えてもらった大切な時期だったわけですね。

ジェイミー:僕にとっては、人生の中で最も幸せな時期だったよ。親友が僕の家の上の階に住んでいて、僕は家で一日中、仕事をしていた。でも仕事と言っても、自分のためだけにやっていたというか、パンデミック中は誰も今後の見通しがついていなかったからね。日中は仕事を楽しんで、夜になると、親友が夕飯を作ってくれていたから、上の階に上がって一緒に食事をした。そういうルーティンがあることがとても素敵だった。僕の人生で今まで、そういうルーティンは一度もなかったから。ひとつの場所に留まって、生活していく。変な風に聞こえるかもしれないけど、パンデミック中、僕はコミュニティ感というものをとても強く感じた。世界のすべての人が同じ状況で、同じ生活をしていたということが、とても人間的に感じられて、素敵だと思ったんだ。

―パンデミックのとき、イギリスでは違法レイヴパーティが盛んにおこなわれていた、というニュースが日本でも報じられていました。あなたはそういったレイヴにも足を運んだりしていました?

ジェイミー:ロンドンではロックダウンが何度かあったんだけど、1回目のロックダウンが緩和されて、人々の外出がある程度、許されるようになった頃、若い子たちが、僕の家の近所にある運河沿いに各自のサウンドシステムを持参してちょっとしたイベントをやるようになってね。土曜の夜に運河の方へ歩いていくと、小規模なパーティが運河沿いでたくさん行われていたよ。すごくかっこいい音楽を流しているパーティもあったし、すごくひどい音楽を流しているパーティもあった。でも、そこにいた人はみんな、再びお互いと集えるということに感激していたんだ。とても美しい光景で、自分がなぜこういう音楽が好きなのかということを再認識することができた。あの時の感覚は、自分が最後に良いクラブに行った時に感じた感覚と同じものだった。その時の感覚が蘇ったね。

Translated by Emi Aoki

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