Fat Dogとは何者か? 規格外のサウスロンドン狂犬軍団が語る「レイヴ×パンク」の融合

Photo by Pooneh Ghana

 
ロンドン南部ブリクストンに位置する「ウィンドミル」というヴェニューを中心とした音楽シーンは、2010年代後半から2020年代にかけて強烈な個性を放つバンドを次々と輩出し、「ポスト・ブレクジット・ニュー・ウェーヴ」とも形容される一大ムーブメントの隆盛に貢献した。シェイム、ドライ・クリーニング、ゴート・ガール、ブラック・ミディ、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、スクイッド……といった面々が毎月のように新作をリリースしていたのはパンデミック期間の記憶としても色濃い。

しかし、今最もこのシーンで注目の的となっているファット・ドッグ(Fat Dog)は、正真正銘パンデミック以降に結成された新星である。ヴァイアグラ・ボーイズやヤード・アクトとのツアーに帯同し、数々のフェスにも出演。破格のライブパフォーマンスによって、音源のリリース前から多くのファンを獲得した。そんな彼らが9月にデビューアルバム『WOOF.』を満を持して世に放つ。ブリクストンのダンスミュージックとパンクを巧みに融合し、東欧の民族音楽からの影響を33分に凝縮した独創的な野心作である。そんなバンドのフロントマンであるジョー・ラヴに、バンドの結成から来日公演に至るまで詳しく話を訊いた。


一番左がジョー・ラヴ(Photo by Pooneh Ghana)

―ファット・ドッグはブリクストンで2020年にジョーさんを中心に結成されたと伺っています。具体的に、どのようにして現在のメンバーが集まったのか、詳しく教えていただけますか?

ジョー:プロジェクトとして始まったのはまだCOVID期だったから、僕は本当に退屈を持て余していた。音楽を作りたいと思って、それでロックダウン中に、いずれファット・ドッグの音楽になっていくものを自宅で作ることになった。かなりエレクトロニックっぽい響きで始まったけど、そこからバンドを結成することにして、やがてドラマーが見つかり……という具合に、だんだんメンバーが集まっていった。成り立ちは大体そんなところだよ。

―私に分かる限り、ベースのベン・ハリスさん(※なお彼は最近脱退し、代わりにジャッキー・ウィーラーが加入)とドラムのジョニー・ハッチさんはファット・ドッグ初期から参加していたようです。彼とはバンドを結成する前から知り合いでしたか?

ジョー:ああ。ドラマーは、セカンダリー・スクール時代に出会ったから、11歳くらいから知り合いだ。それからベン、あいつのことは15歳頃から知ってる。同じカレッジに通ったからね。

―ロックダウンが明け、規制緩和になったあたりからファット・ドッグはライブ活動を活性化させ、やがてモーガン・ウォレスさんとクリス・ヒューズさんをリクルートしたという流れ?

ジョー:というか、前のメンバーが抜けたから彼らに代わりに入ってもらったんだ。




―クリスさんが入ってラインナップが固まりましたが、彼が加入した経緯を教えてください。

ジョー:クリスは、前のキーボード奏者の知り合いだったんだ。あの頃ちょうど、僕はヴァイオリンを弾ける人間を探していて、キーボード奏者から「ああ、ひとり知ってる。ヴァイオリンを弾けるって言ってた」と教えられて。それでクリスがオーディションに来たんだけど……あんなに悲惨な演奏を耳にしたのは生まれて初めてだった。

―(笑)。

ジョー:耳を塞ぎたくなるくらい最悪だった。だからもう、「お疲れさん、もう充分です。帰ってください」みたいな感じだったんだけど(笑)、後でパブで一緒に飲んだら、とても良い奴だってことが判明して。そうこうするうちに、2カ月くらい経って新たにキーボード奏者が必要になったから、クリスに声をかけたんだ。

―聞いたところによると、クリスはヴァイオリンを弾ける「ふり」をしたそうですね。オーディションのたった1週間前にeBayで買ったヴァイオリンで練習をしていたとか。

ジョー:そう。素敵なヴァイオリンの演奏をとても楽しみにしていたから、しばらく彼の目をまともに見ることができなかった。「こいつ俺のことをバカにしてやがる!」と思ったからね(笑)。

―ヴァイオリンもしくはヴィオラをバンドに追加する計画は、今も生きているんでしょうか?

ジョー:ヴァイオリンはありかもしれない。ただ、とにかくまあ、メンバーの数が増えれば増えるほどバタバタで煩雑になるし、お金もかかる。だから今は核になるメンバーだけのユニットに留めている。

―ジョーさんはファット・ドッグ以前には、Peeping Drexels(後にDREXXXELSに改名)という名のポストパンクのグループをやっていたと聞きました。どうしてそれを辞めてファット・ドッグを結成したのでしょうか?

ジョー:いや、公平に言えば「辞めた」んじゃなくて「追い出された」んだと思う(苦笑)。

―(笑)

ジョー:というのも、正直……あのバンドをちょっと信じられなくなっていた。自分はあんまり打ち込んでいなかったし、まあ、時には新たな地平を見つけ出し、何かを始めなくちゃいけないってこと。いや、もしかしたら、僕のエゴのせいかもね。「ちょっと待った。俺はフロントマンになりたいんだ」と気づいただけなのかも! まあ、そんなところ。もしかしたら、あれ(Peeping Drexelsの音楽)は自分の作りたいような音楽じゃなかったのかもしれない。いや、やっぱり僕はあのバンドから追い出されたんだよ。でも追い出されたからって、何もやらずに手をこまねいているわけにはいかないわけで。COVID期の間はたっぷり時間があったし、何か良いものを作りたかった。「自分にもやれると証明しなくちゃいけない」という思いがあったしね。



―パンデミックがなかったとしてもファット・ドッグは結成されていたと思いますか?

ジョー:いや、それはないと思う。僕は以前、音楽をやるために逃避したことは何度もあったし、自分がどんな音楽をやりたいか、そしてそれはどんな響きの音楽なのかは分かっていた。だから、COVIDの隔離生活中にひとりで自分と向き合うことになったのは、実は結果として良かったんだ。自分の頭の中だけが相手で、他に誰も関わってこなかったからね。自室で、「よっしゃ、これは良い」みたいに満足していた。もっとも、完全にひとりきりではなくて、何人かと一緒だったけど。あの当時は母親の家で暮らしていたし、母親が「ああ、この曲は良いわね!」とか意見を出してくれた。「King of the Slugs」を耳にして「うん、これは本当に良い。めちゃ気に入った」なんて言ってくれて。

―すごいお母さんですね。

ジョー:僕の部屋にやって来て、踊り始めたこともあったよ(笑)。まあ、パンデミックが起きなかったらどうなっていたか、自分には何とも言えない。ただ、あれがなかったら、たぶん僕は今もポストパンク・バンドで演奏しているだろうね。


Photo by Pooneh Ghana

―ファット・ドッグというバンド名には、何か象徴的な意味があるのでしょうか? 例えば、「Dog」を逆さにすると「God」になります。あなたたちの歌詞には、神や王といった威厳を感じさせるモチーフが登場しますが、この点について何か意図や意味が込められているのでしょうか?

ジョー:んー。それって、あんまり深く突っ込んで説明し過ぎたくない点かな。とても簡潔なバンド名だけど、そのわりに解釈の仕方はかなり幅広いわけじゃない?

―解釈はオープン、聴き手の想像力に任せておきたい?

ジョー:うん。っていうか、大抵のものはオープンで、色々に解釈できるけれども。

―バンド名の意味や曲の意図をがっちり固定してしまいたくはない。

ジョー:そういう考え方がなんとなく気に入っている、ってこと。

―と言いつつ。あなたたちの音楽スタイルを自分ではどのように説明しますか?

ジョー:色んなものの断片のマッシュアップというか、いくつかのソースからあれこれ引っ張ってきたものであって、僕なら、「エレクトリック・ロック」って呼ぶんじゃないかな。ただ、人々はやたらと盛り上がって、「ユダヤ系のジプシー・パンク」だの何だの、色んな形容を目にする。僕自身、それが何なのか、さっぱり分からないけど(苦笑)。



―でも、ファット・ドッグの音楽には明らかにバルカン民族音楽〜クレズマー音楽など東欧の民族音楽の影響がありますよね? そういうことなんじゃないですか。

ジョー:うん……あ、ひらめいた! 僕たちの音楽は、婚礼祝祭のジャンルってことだよ! 披露宴でプレイできるバンド。日本でも披露宴で生バンドが出演するかどうか知らないけど、祝福のダンスのための音楽だね。

―本当ですか(笑)。ファット・ドッグが出演する結婚式って、いったいどんなウェディングなんでしょう?

ジョー:たぶん、東欧系の楽しい結婚式なんじゃない? ガールフレンドのいとこの結婚式にお呼ばれしたことがあって、その図が浮かぶな。こっちでも同じことをやれると思う。だから、ファット・ドッグが失敗して立ち行かなくなったら、僕たちは結婚式や誕生日パーティに出演し始めればいい(笑)。

Translated by Mariko Sakamoto

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