PARTYNEXTDOOR徹底解説 ドレイクと共にR&Bを刷新した実力者の歩みと現在地

パーティー・ネクスト・ドア

パーティー・ネクスト・ドアが最新アルバム『PARTYNEXTDOOR 4』をリリース。ドレイク率いるOVO SOUNDの中心的存在であるR&B/ヒップホップ・プロデューサー兼シンガーソングライターを今こそ掘り下げるべく、音楽ジャーナリストの林剛に解説してもらった。

ドレイクを看板アーティストとするOVOサウンド(以下OVO)にはプログレッシブなR&Bの総本山といったイメージがある。トラップ・ビートが脈打つ仄暗く鬱屈としたサウンドは、OVO、つまりドレイクとその一派によって創造され、2010年代以降のR&Bの流れを変えた。レーベルは、ドレイクと、その制作パートナーであるプロデューサーのノア“40”シェビブ(以下40)、ドレイクのマネージャーであるオリヴァー・エル・カティーヴによって2012年に設立。R&B系ではDVSNやマジッド・ジョーダンらが在籍し、最近では幻想的な楽曲と神秘的な歌声がシャーデー(・アデュ)をレミニスさせるオランダ出身のナオミ・シャロン、現時点ではEP発表に向けたワンショット契約ながら「act ii: date@8」のドレイク客演リミックスで瞬く間にヒットチャートに躍り出たダラスの新鋭4Batzが注目を集めている。“オルタナティブ”とも言われる10年代以降のR&Bに影響を及ぼしたカナダのレーベルとしては、ザ・ウィークエンドたちが2011年に立ち上げたXOもあるが、アーティストの数や勢い、影響力はOVOに軍配が上がりそうだ。目下、ケンドリック・ラマーとのビーフでも騒がしいドレイクだが、彼の目利きぶりや嗅覚の鋭さはズバ抜けているとしか言いようがない。


OVOサウンド楽曲をまとめたプレイリスト

そんなOVOでアーティスト契約第一号として登場したのが、この4月にニュー・アルバム『PARTYNEXTDOOR 4』をリリースしたパーティーネクストドアだ。カナダはオンタリオ州トロントに隣接するミシサガ出身のR&Bシンガー/ソングライター/プロデューサー。本名はジャロン・アンソニー・ブラスウェイト。グループ名のようなパーティーネクストドア(PARTYNEXTDOOR:以下PND)というアーティスト・ネームは、音楽制作ソフトのFL Studioに装備されている同名のサウンド・エフェクト「Party next door」に因んでいる。そのエフェクトを耳にした時、「自分の音楽はこんな雰囲気にしよう」と思って命名したという。深夜2時頃のヴァイブスを感じさせる霞がかった音像。アトモスフェリックなどとも言われる浮遊感のあるサウンドでリスナーに催眠をかけるように寄り添い、孤独や焦燥感、エロティックなムードを表現する。まさに“ドア越しのパーティー”を耳にしながら、ベッドルームでひとり黙々とトラックを作る姿が浮かぶネーミングは、シャイな性格でソーシャルメディアにも積極的ではないという彼にぴったりだ。

OVOからセルフ・タイトルのミックステープ『PARTYNEXTDOOR』を出したのが2013年7月だから、キャリアは10年を超える。今回の新作以前に出したアルバムは、最初のミックステープを除くと3枚。ほぼ単独プロデュース曲で固めた2014年の全米R&B No.1ヒット作『PARTYNEXTDOOR TWO』(以下『P2』)、全米総合アルバム・チャート3位を記録した2016年の『PARTYNEXTDOOR 3』(以下『P3』)、リアーナ客演の「Believe It」を含む2020年の『PARTYMOBLIE』がそれだ。寡作とまではいかないが、「人間関係(恋愛)に夢中になると音楽は二の次になってしまう」(Billboard誌の記事より)という彼は、マイペースで音楽を作ってきた。が、ペースが遅いと感じるファンの渇望感を満たす目的込みでEPも発表。2014年に『COLOURS』、2017年に『COLOURS 2』と『SEVEN DAYS』、2020年には初期の未発表曲を含めた『PARTYPACK』を出している。その間には裏方としての仕事に加えて数多の客演もこなし、ドレイクを含むOVO勢の曲をはじめ、メイジャー・レイザー、カルヴィン・ハリス、ウィズ・カリファ、カニエ・ウェスト、Ne-Yo、サマー・ウォーカー、カリ・ウチス、フューチャーなど、ビッグ・ネームとのコラボもあった。


(上)『PARTYNEXTDOOR』、『P2』、『P3』、『PARTYMOBLIE』
(下)『COLOURS』、『COLOURS 2』、『SEVEN DAYS』、『PARTYPACK』

ドレイクの人気にあやかった、と感じている人もいるかもしれない。なにしろ、「Over Here」(2013年)をはじめ、「Recognize」(2014年)、グラミー賞「ベストR&Bソング」にノミネートされた「Come And See Me」(2016年)、そして「Loyal」(2019年)といった、全米R&Bチャート(Hot R&B Songs)でトップ10入りした2010年代のヒット曲には、いずれもドレイクが客演しているのだ。が、PNDもまたドレイクの曲に裏方として大きく貢献。ドレイクいわく「君(PND)がいなければ今の自分はない」と言わせしめるほどの存在であり、持ちつ持たれつの関係なのだ。93年生まれのPNDは10代の頃、ドレイクのように歌いたくてタレント発掘番組に挑戦したこともあるというが、その彼がドレイクの懐刀となり、今や40らと並んでOVOサウンドの中核となったのは、アメリカンドリームならぬカナディアンドリームといったところか。



高校を中退してLAに移り住み、2012年、18歳の時にMyspaceにアップした曲がキッカケで音楽出版社のワーナー/チャペル・ミュージックとソングライター契約を結んだPND。オリヴァー・エル・カティーヴの導きでOVO入りしたのは、その翌年のことだ。OVOの第一弾リリース作となったドレイクの『Nothing Was The Same』(2013年)で、彼はまず「Own It」および同作のデラックス版に収録された「Come Through」にバック・ボーカルとして参加。続くドレイクのミックステープ『If You're Reading This It's Too Late』(2015年)では、PNDのOVO契約を後押ししたボーイワンダ(Boi-1da)らに混じって3曲を単独プロデュースしている。うちオープニング・トラックの「Legend」はPNDサウンド(つまりOVOのサウンドでもある)の典型と言っていいものだ。トラップ・ビートにベッド・スクイークの音を絡めた妖しく肉感的なスロウ。メロウだが鋭くもある、いかがわしく艶やかなサウンドは、自身のミックステープでミゲルの「Girl with the Tattoo Enter.lewd」をサンプリングした「Break From Tronto」から、ドレイク直近のアルバム『For All the Dogs』(2023年)にソングライター/シンガーとして参加した「Members Only」に至るまで一貫したPNDのシグネチャーとなっている。2023年にはTikTokのダンス・チャレンジで『P2』からの「Her Way」をスピードアップしたバージョンが注目を集めたが、ピッチを上げても彼の楽曲の魅力は損なわれない。






ドレイクの舎弟となれば外部からも声がかかる。ドレイク関連の楽曲を含めた裏方仕事も数多い。ソングライティングも含めたプロデュース曲としては、アッシャー「Let Me」(2016年)やポスト・マローン「Takin’ Shots」(2018年)などがある。コ・ライティングでは、シティ・ガールズ「Trap Star」(2018年)、クリスティーナ・アギレラ「Maria」(2018年)、ジェイ・エレクトロニカfeat.トラヴィス・スコット「The Blinding」(2020年)などに彼の名前がクレジットされている。その間にはブルーノ・マーズ「That’s What I Like」のリミックス(2017年)も手掛けていた。

なかでも、ドレイクが客演したリアーナの大ヒット「Work」(2016年)におけるソングライティングは裏方として最も注目を浴びた曲だろう。母親がジャマイカ、父親がトリニダードの血を引くPNDは、リアーナと同じカリブ・ルーツを持つという理由でライティング・キャンプに招かれたという。「Work」で繰り返されるパトワを交えたキャッチーなリフレインやダンスホール系のリズムは、プロデュースを手掛けた同じジャマイカ系カナダ人のボーイワンダとPNDのセンスによるところが大きいはずだ。ここでのPNDは、ジェイ・Zが客演したリアーナの「Umbrella」(2007年)でフックを考案したザ・ドリームを思わせた。その「Work」に続いてコ・ライティングで参加したのが、リアーナとブライソン・ティラーをフィーチャーしたDJキャレドの大ヒット「Wild Thoughts」(2017年)だった。一説によればこの曲のデモ・トラック(後にリークされた)はPNDが作っていたという。DJキャレドの曲には、ビヨンセとジェイ・Zが客演した「Shining」のコ・ライティングにも関わっていた。




90年代R&B、ゴスペルなど音楽的ルーツ

では、そもそもどんな音楽が好きだったのか。広く共有されているPNDのバイオグラフィを見てみると、「幼少期の頃から父親の影響でジョデシィ、ボーイズIIメン、ブラックストリート、112などを聴いていた」とある。つまり90年代のR&Bだ。それは『P2』でミッシー・エリオット、ジニュワイン、ドゥルー・ヒルの曲を引用していたことからも明らかだろう。そうした名前を眺めながらPNDの音楽を聴いて感じるのは、ジョデシィのディヴァンテ・スウィングを中心としたスウィング・モブからの影響。スウィング・モブは、ミッシー・エリオットがいたシスタ、スタティック・メイジャーを擁したプレイヤ、ティンバランド&マグー、ジニュワインなどが名を連ねていた音楽コレクティヴ/レーベル。ダ・ベースメント・クルーとも呼ばれることになる一群で、アリーヤにも関わる一派の音楽は今でも絶大な影響力を持つ。PNDの曲を聴いていると、ジョデシィの『The Show,The After-Party,The Hotel』(95年)やプレイヤの『Cheers 2 U』(98年)を思い出すことがある。そうした作品に窺えたプリンスに通じるプログレッシブな感覚をトラップ・ビートやオートチューニングのボーカルで現代型のR&BにしたのがPNDの音楽なのではないか、と。それは“トラップ・ソウル”を謳ったブライソン・ティラーも然り。PNDやブライソン・ティラーの音楽は、インディ・ロックなどと気分を共有するアーティストと一緒に“オルタナティブR&B”と括られることが多いが、メンタリティや背景は真逆で、むしろハードコアR&Bと呼べるものだ。そういえば、「Come And See Me」のMVにはジェネイ・アイコがビッグ・ショーンとともにカメオ出演していたが、アリーヤの系譜に連なるアイコのバックグラウンドもPNDと近い。





教会およびゴスペルのルーツもある。カニエ・ウェストの『Ye』(2018年)ではシャーリー・アン・アリーのカルトなゴスペル・ナンバー「Someday」を引用した「Ghost Town」など2曲に客演していたが、それもチャーチ・ルーツを仄めかすものだった。PNDは幼少期に母の影響で教会の聖歌隊に入り、映画『天使にラブソングを2』(93年)で「Oh Happy Day」を歌うアマールに憧れ、そこからシンガーとしての意識が芽生えていったという。同映画でアマールを演じた(あのホイッスル・ヴォイスは語り草だ)のは、後にR&Bトリオのシティ・ハイとしてデビューするライアン・トビー。PNDとライアンは奇しくもアッシャーの『Hard II Love』(2016年)に、それぞれプロデューサー/ソングライターとしてクレジットされているが、似た者同士は行き着く先も似ているということか。




アーティストとして最初に夢中になったのはバックストリート・ボーイズやイン・シンクといったボーイ・バンドだったが、「自分が黒人として世界にいることを理解してからはブラック・ミュージックにのめり込むようになった」(Billboardの記事より)と話すPND。とりわけ影響を受けたのが112で、“ナヨ声”で知られるリード・シンガーのスリムに憧れたという。言われてみればPNDの少し高めのテナー・ヴォイスにはスリムの影響が感じられる。112は現ディディことショーン“パフィ”コームズ主宰のバッド・ボーイから登場したボーカル・グループ。それだけにディディのリーダー・シングル「Sex In The Porsche」(2022年)にフィーチャーされた時は夢のようだっただろう。現在ディディについて語ることは難しくなったが、112のスリムになりきって歌ったようにも思える同曲は、当時のPNDにとってひとつの到達点であったに違いない。



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