「ウイルス、テロはすべて嘘」...米NFL選手が陰謀論を狂信する理由

失望感
アーロン・ロジャースはどこから見ても、現存するNFLクウォーターバックの最高峰だった。MVP受賞歴4回、タッチダウン・インターセプト比はNFL史上第1位。必要とあらばバックフィールドでのプレイもお手の物で、ダウンフィールドまでボールを投げることができた。どんな時にも、求められるスローをきっちり決められた。プレーオフ進出を欠かしたシーズンはほぼ皆無だった。

その割には、ポストシーズンの成績は……ぴりっとしない。スーパーボウル制覇は2011年の1度だけ。その後もロジャースはグリーンベイ・パッカーズのために全力を尽くしたが、メンツは替わってもチームはいまひとつ冴えなかった。レギュラーシーズンを15勝1敗で終えても、イーライ・マニング率いるジャイアンツに大敗した。タンパベイでプレイする魔王トム・ブレイディにも敗れた。歴史に残るシーホークスのパスディフェンスの前に惨敗したこともあった。アーロンのプレイはますます神がかっていったが、そのつど性根の腐ったグリーンベイ・パッカーズに幻滅させられた。ディフェンスは機能しないし、レシーパーはスペースを作れない。ランプレーもこれまで見たこともないようなお粗末ぶり。毎年失望続きだったが、決してアーロンのせいではなかった。史上最高のクウォーターバックをサポートするには、単にパッカーズでは力不足だったのだ。

人生の絶頂期にアーロンに降りかかった不名誉の嵐が、彼の身を滅ぼしたであろうことは想像に難くない。彼は苛立ち、陰謀論に走った。失望一色の人生を送るわけにはいかない。ここまでずっと、アメフトの強豪選手になるために頑張ってきたのだから。他に何かあるはずだ……自分に災いをもたらす不思議な力が働いているに違いない。やがて精神はこうした恐怖にのっとられ、はっと気づけば、サウナでCovid-19の聖なる治療法を探し求めることになるのだ。

作家ナオミ・クライン氏は著書『Doppelganger』の一節で、フェミニストの旗振り役からインターネットの鼻つまみ者へと転じたナオミ・ウルフについて触れ、ウルフが陰謀論の罠に陥ったのはクリントン時代のリベラリズムが失敗したことに起因するとほのめかしている。頼りないアル・ゴア氏はブッシュに敗北した。さらに最悪なことに、オバマ氏はアメリカ市民社会の退化をろくに止めることができなかった。仲間に対する失望感は、世界はボタンひとつですべてを変える力に支配されているという壮大なパラノイアへ変わった。同じようなことがロジャースに起きたのかもしれない。ただしロジャースの場合、幻滅したのはドナルド・トランプ氏が牛耳るアメリカ社会ではなく、マイク・マッカーシー氏率いるグリーンベイ・パッカーズだった。

コロナ禍
コロナ禍では誰もが取り乱した。アーロンもそれを免れることはできなかったのだろう。今もなお人々はコロナウイルスに振り回され、口にするのも嫌になるほどだ。アーロンが落ちた穴は少しばかり変わっていて、しまいには「リサーチをした」末に分別を失くした。彼だけじゃなく、その他大勢もそうだった。そうだろう? それまで一番目立たないNBA選手だったジョン・ストックトン氏もプレッシャーに屈した。とはいえ、誰もがESPNに出演して、ファウチ博士やテイラー・スウィフトの彼氏を相手にワクチン論争をふっかけられるわけではないが。

トランプ
ロジャースはまだ完全にはトランプ一派になったわけではないが、その必要もあるまい。トランプ氏のしこんだ毒で、あちこちで大勢の人々が混乱した。トランプ氏が道化まがいの医者なら、我々はその患者。アメリカは精神病棟と化した。国民の良心をリセットし、各々の胸の内に巣食うアーロン・ロジャースを消し去ることができるのは、もはやサードインパクトしかない。

別れ
ふつうの男性は、離婚や婚約破棄を経験した後、世界が終わったと言わんばかりに煙草をふかすものだ。筆者も経験があるが、本当にぞっとする。3回立て続けに大きく煙をふかし、灰皿に押しつぶす。ほんの束の間、安らぎをもたらしてくれるものなら何だっていい。人生のプランがすべて、手のひらの間から滑り落ちてしまったのだから。

だがロジャースはスポーツ選手なので、そうもいかない。2022年にシェイリーン・ウッドリーと婚約破棄した際、彼が必要としたのは煙草よりも非生産的な不安のはけ口だった。過去や未来の男たちの例にもれず、彼もまた一晩中インターネットのクズ情報を頭に詰め込み、Podcastで友人と語り合った。それも彼がアーロン・ロジャースだったせいで、今では出演の場もPodcastからESPNに代わった。これが離婚の森というものだ。出口の向こうに見えた光は絶えず移動し、闇はますます深くなるばかり。

Akiko Kato

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