世界最大の音楽メディア=NFLハーフタイムショーは、90年代ヒップホップ再評価の狼煙を上げたか?

ハーフタイムショーに出演したエミネム(Photo by Kevin C. Cox/Getty Images)

音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2022年3月25日発売号の誌面に掲載された、第56回スーパーボウルのハーフタイムショーについて考察した記事。今や「世界最大の音楽メディア」と言っても過言ではないハーフタイムショーにおいて、ドクター・ドレーを中心に繰り広げられた90年代ヒップホップの祝典は音楽シーンにどのような影響を及ぼし得るのだろうか?

2022年初頭のポップミュージック最大のイベントは、2月13日に開催された第56回スーパーボウルのハーフタイムショーだった。そこに異論を差し挟む余地はないだろう。年初のお祭りと言えばグラミーも恒例だが、パンデミックの影響で2年連続授賞式が延期(今年は4月3日)。コーチェラをはじめとする音楽フェスもパンデミック以降は開催延期/中止が続いていた。となれば、年初に限らず、いまもっとも影響力がある「音楽メディア」は、毎年アメリカで視聴率40%以上(視聴者数1億人以上)を叩き出すスーパーボウルのハーフタイムショーだと言っても過言ではない。

すでにご存じの方が多いだろうが、今年のハーフタイムショーはドクター・ドレーを中心に、スヌープ・ドッグ、エミネム、ケンドリック・ラマー、メアリー・J・ブライジ、そしてサプライズゲストの50セントと、ドレーと所縁の深いアーティストが集結。ヒップホップのアーティストがメインを張るのはハーフタイムショー初ということで、歴史的意義が深いイベントとなった。



このラインナップが意義深いことには他の理由もある。2016年にNFLのコリン・キャパニック選手がアフリカ系アメリカ人に対する人種差別への抗議として、試合前の国歌斉唱で起立を拒否。それ以降、キャパニック選手は契約先が見つかっておらず、NFLはアフリカ系アメリカ人からの信頼を失っていた。実際、この事件の影響でアーティストたちのハーフタイムショー出演拒否が相次ぎ、出演者選びが難航。2020年からはジェイ・Z率いるロックネイションがNFL公式ライブミュージック・エンタテイメント・ストラテジストに就任することで、再びブッキングが軌道に乗り出したという経緯がある。今年のヒップホップオールスターズの出演は、そうした様々な軋轢や衝突を乗り越えてのひとつの達成だと言っていい。

ただ、テレビやネットを通してパフォーマンスを観た人は、その歴史的意義云々を超えて、90~00年代ヒップホップの超名曲の連発にとにかくやられてしまった――という人も多いのではないだろうか。実際、今回のセットリストはケンドリックの曲を除いて90年代後半からゼロ年代前半の大ヒット曲に集中。毎年ハーフタイムショー後に出演アーティストのパフォーマンス曲がチャートを再浮上するのは恒例だが、今年はドレー、エミネム、スヌープの往年のヒットがSpotifyのトップソングチャートで軒並みトップ10入り、ビルボードでも上位を占めた光景は壮観だった。

今年のハーフタイムショーは1億人以上のオーディエンスがドレーの才能の巨大さを改めて嚙み締めると同時に、90年代ヒップホップの輝きを鮮烈に思い出す機会となった。若い世代の間では、これが90年代ヒップホップとの出会いだったという人も少なくないだろう。2010年代半ばから続いたトラップの隆盛が完全に落ち着き、次なるヒップホップ/ラップミュージックの大きな動きがいまだ見えない中、このハーフタイムショーを契機に90年代ヒップホップの再評価が進んだとしても決して不思議ではない。少なくとも今現在、ハーフタイムショーは世界最大の「音楽メディア」なのだから。

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Edited by The Sign Magazine

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