ブラーが明かす「全く予定外だった」再集結の裏側

スタジオで生まれたマジック

2022年12月に行われた手探りのミーティングから1カ月後、4人はロンドンにあるデーモンのスタジオに集結した。プロデューサーには、アークティック・モンキーズやジェシー・ウェアを手掛けたジェームス・フォードを迎え、夏へ向けて新たな作品を生み出せるかを試した。「皆が歳を重ねて丸くなり、お互いの敵対心などとっくに水に流した、などと思ったら大間違いだった」とデイヴは苦笑いする。「僕たちはお互いに信頼し合っているが、同時にお互いが我慢ならない存在でもある。でも正直なところ、今年の初めからずっと笑いが絶えないんだ」。

「スタジオに入って音を出した瞬間に、マジックが起きた」とアレックスも認める。「当初は、ボーカルもギターもお互いに遠慮するんじゃないかと思っていた。そうしなければ、それぞれが引き立たないって感じでね。でも僕から見れば、ブラーは気楽で居心地が良くて楽しい場所だ。どれだけの時が流れても、ここには4人がいて、僕たちの音楽がある。35年前に初めてリハーサルした時と、何も変わってはいない」。

2023年1月になってスタジオ入りした日にアレックスが確認したところ、おそらく4曲分のベーシックトラックがレコーディングされていた。その内の1曲が、「I fucked up/I’m not the first to do it」と歌う、切れ味の良いデヴィッド・ボウイ風のロック曲「St. Charles Square」だ。「デーモンと2人でヘッドバンギングしてノリノリだった」とベースのアレックスは振り返る。「なんてすごい曲だ」と感動したという。

1stシングル「The Narcissist」のオープンでエモーショナルなトーンもまた、アレックスを感動させた。「デーモンのソングライターとしての才能は、どんどん進化している。もちろん、ミュージシャンとしてもね」とアレックスは言う。「今回のアルバムでデーモンは、才能を最大限に発揮した。テクニック的なものではなく、ただ純粋で豊かな表現力を感じる」。




レコーディングセッションは、スムーズに進行した。「君がテニスの経験があるかどうか知らないが、僕はテニスが大好きなんだ」とデイヴは言う。「ラケットの直径が、ものすごく大きく感じる時があるのさ。めちゃくちゃにボールを打っても、素晴らしいショットが決まる。今回のアルバムは、正にそんな感じだった。何をやっても上手く行ったよ」。

アレックスに言わせれば、ブラーにとって珍しいことではないという。彼は、エレクトロニック系プロデューサーであるウィリアム・オービットと組んだ、1998年のアルバム『13』を例に挙げた。同アルバムでバンドは、初めての試みとしてエレクトロニックやエクスペリメンタルにも挑戦し、成功を勝ち取った。「本当に暑い夏の日だった。西ロンドンにあったデーモンのスタジオにはエアコンがなくてね。マドンナの『Ray of Light』に携わっていたウィリアムは、おそらく直前までカリフォルニアの立派なスタジオで作業していたのだろう。ところがロンドンに来たウィリアムは、狭いスタジオの隅に追いやられて縮こまっていた。デーモンが組んだコード進行に沿って僕たちがプレイし始めると、ウィリアムは目を丸くしていた。“君たちはいったい、いつの間にあんなアレンジを考え出したんだ?”とウィリアムが言うから、“10年間ずっとやってきたことで、僕たちにとっては自然なことさ”と答えたんだ」。

ウェンブリーでのコンサートを間近に控え、レコーディングのデッドラインも迫っていた。デイヴは、1993年のアルバム『Modern Life Is Rubbish』が完成するまでの状況を思い返す。同アルバムで成功を収めたブラーは、ブリットポップ・ムーブメントの先駆けとなった。「当時はレコード会社から、今回とは違うタイプのプレッシャーがあった」と振り返る。「でも、僕たちがいい作品を作らなきゃならないという点では、昔も今も変わらない。上手く乗り切るか、プレッシャーに負けて失敗するかのどちらかだ」。

アレックスは、当時をまた違った目線で見ていた。「『Modern Life Is Rubbish』以来の、最小構成によるバンドだ。次のアルバム『Parklife』からは、ブラスやストリングス、バックコーラス、オーケストラ、パーカッションなどを加えた大所帯になった。全く馬鹿げていた」とアレックスは言う。「今回は無駄を削ぎ落として、必要最小限の構成にした。おかげでブラーらしいサウンドとフィーリングが実現できた」。

Translated by Smokva Tokyo

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