マイク・シノダが語る、ソロワークスとリンキン・パーク『Meteora』20周年

行方不明だった幻の一曲

―2021年にリンキン・パークの『Hybrid Theory』20周年記念の時に、100 Gecsによる「One Step Closer」のリアニメーション・バージョンを発表しましたよね。リンキン・パークは結成当初からジャンルの境界線を壊してきましたが、今なお最先端で境界線を壊していると思わされました。

マイク・シノダ あれをやるには勇気も必要だったよ。100 Gecsのディランとローラには、あの曲が発表される前に話をしたんだ。警告と言ってもいいかな。「あのリミックスは大好きだよ。素晴らしい仕事をしてくれたと思う。だけどほとんどの人は100 Gecsのことを知らないだろうし、このリミックスを聴いたらショックを受けるだろうし、嫌うんじゃないかな。ネットで叩かれることもあると思う。だけど大したことじゃないって言いたいね。多くの新しいファンが100 Gecsを好きになるだろうし、これは何よりも重要なことだけど、僕が気に入ってるし、君たちが気に入ってるし、僕たちはこれを最高だと思ってる。ただ、みんなの期待のずいぶん先を行きすぎてるとは思うね。みんながマクドナルドのチーズバーガーを食べたいのに、僕たちはウニバーガーを提供してるわけだから」(笑)。



―『Meteora』の20周年記念盤を出すに当たって、未発表曲「Lost」を含め、過去の自分たちの楽曲を改めて聴き直したり、埋もれていた音源を発掘したりしていますが、こうした作業はマイクにとってどのようなプロセスになりましたか?

マイク・シノダ 「Lost」に関しては、シンプルに言うと、この曲はLostしていた(見つからなくなっていた)曲なんだ。もっと詳しく言うと、『Meteora』を制作してた時、約25曲のデモがあって、ある曲はビートだけだったり、ある曲はボーカルも含めてすべて完成してたりと、曲ごとの完成度はバラバラだったんだ。そこから曲を絞って、最終的に12曲をアルバムに収録することになった時、「Lost」は13番目の曲だったんだ。ミックスもマスタリングも終えて完成してたんだけど、アルバムにはすでに「Numb」という曲があって、似たような曲を2曲入れたくなかったから、「Lost」をアルバムから外すことにしたんだ。ただ、シングルのB面に入れたり、サウンドトラックに入れたりとかは考えてたんだけど、実現することはなかったんだ。その後、僕たちは『Collision Course』を出して、Fort Minor、Dead by Sunriseをやって、次のアルバム『Minutes to Midnight』を出すことになるんだけど、その頃には昔のデモを使うような後ろ向きのことはやりたくなかったんだよね。



―「Lost」はどのように発掘したんですか?

マイク・シノダ 「Lost」がどこかに存在するのはわかってたんだ。それで、当時関わってたレーベル、マネージメント、友人、スタッフ全員に、音源、写真、映像など使えるものがあるかどうか聞いてみたんだ。みんなが協力してくれたおかげで、けっこう良いものが集まったと思うよ。『Meteora』の20周年記念盤のパッケージには、デモ音源などの未発表音源も入ってるんだけど、正直僕が驚いたのは、「Fighting Myself」と「More The Victim」の2曲(輸入盤のみで発売するスーパー・デラックス・ボックスとデジタルでのみ聴ける楽曲)で、、2曲とも未完成のままだと思ってたんだ。それである日、マネージメントから、「覚えてないかもしれないけど、これをチェックしてみて」って連絡があって。送られてきたデモを聴いたら、チェスターの歌が入ってたんだよ。僕は「これは何? このボーカルは覚えてない」ってなったね。





―20年間忘れていた曲を聴いた時、どう思いましたか?

マイク・シノダ 衝撃だったね。スゴくクールだと思ったよ。こんな素晴らしい曲が残ってたことがうれしかったし、昔の写真を見つけた時みたいに、ノスタルジックで良い気持ちになれたんだ。

―20年前、リンキン・パークはデビュー・アルバム『Hybrid Theory』で大成功をして、世界中をツアーして忙しい日々を送っていたと思います。期待とプレッシャーの中、2作目となる『Meteora』はどのようなアルバムを目指して制作を始めたのですか?

マイク・シノダ まず、『Hybrid Theory』は制作がスゴく大変なアルバムだった。それはクリエイティブな部分というよりも、ポリティクスの話だ。僕たちは新人バンドで、周りにはいろんな意見を持つ人たちがいて、ある人はバンドをバラバラにしてしまいたいと思ってたんだ。あるA&Rからは、ラップを入れるべきじゃないなんて言われたよ。僕は「それって全くポイントがズレてないか? スタイルをブレンドしなくなったら、僕たちの存在意義がなくなってしまう」って言ったよ。嫌なことがたくさんあったし、スゴくストレスの溜まる大変な時期だった。でも、『Hybrid Theory』が世に出ることで、僕たちの正しさは証明されたよ。それで僕たちはこのまま自分たちのビジョンを追求しようってなったんだ。2ndアルバムを作るに当たっては、新たな領域、新たなアイデアにチャレンジしようと思った。それでデモを作り始めて、プロデューサーを誰にするかってなった時に、前作同様ドン・ギルモアを起用しようという話になった。僕たちとしては彼とは一緒にやりたくなかったんだけどね。それは『Hybrid Theory』の制作中、ドンは周囲のノイズから僕たちを守ってくれなかったからなんだ。もちろん彼は良い人間だし、理由もわかるんだ。それで、ドンとミーティングをやることになったわけだけど、最初にドンがこう言ったんだ。「みんな、1stアルバムが大変だったのはわかる。制作中にいろいろ嫌なこともあったと思う。でもそれは君たちの責任ではなく、僕の責任なんだ。申し訳なかったと思うよ。もしもう一度アルバムを一緒に作れるのなら、今度は正しいやり方で、最高のレコードを、1stよりも良いレコードを、みんなが楽しんで作って、最高の結果を出すことを約束したい」って。そのミーティングはみんなが「ドンと一緒にやるなんてあり得ない」って言って終わったんだけど、僕は「ドンとやらなきゃいけない気がする」って言ったんだよね(笑)。結果として、同じチームで再び制作に入って、全員がクリエイティブに向けてハッピーになれて、自分たちのやってることのパワーを好きになれたことは大きかった。アーティストとしてもさらに良いところに行けたし、気持ち的にもさらにハッピーになれたから。

―まずは環境が変わったことが大きかったわけですね。

マイク・シノダ 最高の曲を作ること、最高のサウンドを出すことに集中できたからね。くだならいことで心配する代わりに、サウンド、アレンジ、リリックにおいて、どうしたら自分たちの最高を出せるのか、そこだけに集中することができたんだ。制作期間も3ヶ月と少なかったから、集中してやる必要があったんだけど、僕たちはやり通すことができた。

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