ダニエル・ロッセン、グリズリー・ベア最重要人物の歩みと濃密な音楽世界

 
小さな町で深めた「内省」

ロッセンはグリズリー・ベアの音楽的な要として活躍する傍ら、バンドとは別の活動を折々におこなってきたミュージシャンでもある。そもそも彼はグリズリー・ベア以前にルームメイトのフレッド・ニコラスとデパートメント・オブ・イーグルスという名のエクスペリメンタルな志向のサンプリング・ミュージック・ユニットでキャリアを始めている。とりわけ、よりフォーク寄りになった『In Ear Park』(2008年)はロッセンのソングライティングのセンスが控えめながらもたしかに発揮されたチャーミングな一作だ。



そして、はじめてソロ名義としてリリースしたのが5曲入りEP『Silent Hour / Golden Mile』(2012年)である。こちらも彼のソングライターとしての特性がよく表れた作品だが、ギタリストとしてはバーデン・パウエルなどのブラジルのギター音楽からの影響、アレンジャーとしてはチェンバー・フォークを思わせるさりげない管弦楽の装飾を見せており、彼個人としての音楽的探求にフォーカスしたことが窺える内容だ。グリズリー・ベアとはまた異なったアウトプットを継続することで、ひとりでどこまで出来るかを確かめたかったのかもしれない。ロッセンの場合、確実にグリズリー・ベアの音楽性と地続きであるところが興味深い点ではあるが。



一方でブルックリン・シーンは2009年をひとつのピークとして、2010年代に次第に離散していく。それは時間の流れもあるだろうが、単純にシーンを代表したミュージシャンたちが地理的にブルックリンから離れていったこともある。ロッセンもまた、『Silent Hour / Golden Mile』ののちにニューメキシコ州サンタフェに居を移し、以来、その小さな町で制作を続けている。そしてこのことは、ロッセンのその後のキャリアに大きな影響を与えることとなった。

グリズリー・ベアとしてはその後〈RCA〉からのリリースとなった5作目の『Painted Ruins』(2017年)があり、ロッセンもクレジットにあるが、本人はあまり密に参加していない作品だとのちに語っている。同作は『Veckatimest 』や『Shields』ほどのダイナミックなアレンジや構成を一聴して感じにくいものだが、よく聴けば非西洋のリズムが緻密に入った高度な一作だ。ただ、そうした作風がやや地味な印象として受け取られたのか、あるいはかつてのシーンが分散したからか、それまでほどの注目を集めなかった。その内容を思えば過小評価された作品だとは思うが、ロッセンの言葉をそのまま受け取るなら、バンド4人のケミストリーにやや欠ける部分はあったのかもしれない。メンバー全員がそれぞれ豊富な音楽的素養と技術を持っているグリズリー・ベアにあってなお、ロッセンは最重要人物だと言えるからだ。


Photo by Byron Flesher

その後、バンドとしてのニュースはあまり聞こえてこなかったが、ドラマーのクリストファー・ベアはフールズ名義でソロ作品『Fool’s Harp Vol. 1』(2020年)をリリースしている。そして、ロッセンは2014年ころから作っていた曲をまとめ、アルバム『You Belong There』を完成させた。

ソロとしてはデビュー・アルバムだが、『You Belong There』は本稿に書いてきたようなこれまでのロッセンの歩みを昇華するような一作だ。ロッセンいわくロックのイディオムから離れた作曲やアレンジメントを目指したものだそうで、となると当然多くの管弦楽器が使われているのだが、そのほとんどは本人の手で演奏されている。もともと数種類のギターを弾きこなすばかりか、鍵盤楽器やベースにドラムもプレイできるマルチ・インストゥルメンタリストとして知られるロッセンは、本作に際してチェロやアップライトベースやクラリネットもあらたに自身で取り組んだという。ドラムにクリストファー・ベア、サントゥールにジェイミー・バーンズ(ニュートラル・ミルク・ホテル)、バスーンにアンバー・ワイマンなど、数名のゲスト・ミュージシャンの存在はあるものの、全編がほぼロッセンの演奏と歌にコントロールされた作品だ。




ブラジルのギター音楽やクラシック、フリー・ジャズからの影響が融解したような音楽性はロッセンならではのもので、とりわけアルバム中盤、「Celia」から「Tangle」にかけて抽象的なタッチを強めるアンサンブルはいわゆるポップ・ミュージックの定型から大きく外れている。にもかかわらず、陰影に富んだメロディとロッセンのニュアンスに富んだ歌唱により、聴き手を突き放すことなく柔らかなサイケデリアに引きこんでしまう。アレンジと構成は緻密でありながら大胆。先行して公開された「Shadow in the Frame」において、デリケートなアコースティック・ギターのアルペジオが弦を伴いながら次第にコーラスに溶けこんでいく様には陶酔させられるばかりだ。

不穏に唸るストリングスからアンビエントへとなだれ込むタイトル・トラックの「You Belong There」がそうであるように、本作には「居場所」を求める人間の心情が抽象的に描写されている。それはどこか、ある「シーン」の一員であったグリズリー・ベアがそこから離れ、メンバーそれぞれが自身の表現や生き方を探していった過程と重なって見える。ロッセンは移り変わりの速いポップ・ミュージックの世界から距離を置き、ひとり内省しながら自身の音楽性を深めていった。そうして彼だけの場所を見出していった。年を重ねてゆっくりと変化すること、自身の人生における重要な課題を掘り下げることの美しさが『You Belong There』には刻まれている。

グリズリー・ベアはもうひとりの中心人物であるドロステが心理療法を学ぶためにバンドを一時離れているそうで、これから先の予定は見えていないという。同じ表現に身を捧げた仲間たちも、ときにそれぞれの人生を歩まなければならない、ということだ。『You Belong There』は人生のそのような段階に入ったひとりの音楽家の現在を封じこめた作品で、わたしたち聴き手はいま、この濃密な音楽にただのめり込むことが許されている。




ダニエル・ロッセン
『You Belong There』
発売中
国内盤CD:EP『Silent Hour/Golden Mile』5曲を追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12338

 
 
 
 

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