ジョージ・マーティンの息子が語る父親の才能、ビートルズ『Love』の音楽制作

Photo by L. Cohen/WireImage



—10年前に『Love』が開演した時、大変な評判を呼びました。当時からすでに、リニューアルを考えていたのですか。

もちろんだ。みんなが気に入ってくれたことはうれしい。もともとの制作もたぶん、僕の父に褒めてもらいたい、そしてビートルズに褒めてもらいたいというところに端を発している。ラスベガスはおかしな場所でね、誰もがここにやってきては劇場に足を踏み入れ、音楽を聴いて別世界に誘われると、少し良い気分になって帰っていく。

このプロジェクトを始める時に、"ジョージ・マーティンの息子がビートルズのテープをズタズタに切り刻んでラスベガスのショーを作る"と説明されていたら、「それは本当にくだらないアイデアだ」と思っていたかもしれないね。まったくひどい話だからさ。でもそこで僕は考えたんだ。ひどいアイデアだとしても、まずはこの仕事を楽しんでみよう、親父とビートルズの話をすることも楽しもうってね。作品を発表して、ビートルズのファンが本当に気に入ってくれた時には、感激だったよ。

−あなたはこういう仕事をすべく育てられたようにも見受けられますが、そんな見方は現実とは違いますか。

僕は、曲作りやバンド活動をしたいと希望に燃えていた傲慢なイギリス人だった。実際にやったしね。やがてこの話が来て、テープをバラバラにつないでみるというアイデアを思いついた。そのアイデアにゴーサインが出た時、僕は友だちのプロデューサーにこう話したんだ。「やれやれ、こんな仕事をすることになった。感情面はともかくも、プロフェッショナルとしてこんなにも親父のそばにいたいのかどうかはよく分からない」。そうしたら彼はこう言ってくれたんだ。「いいか、ジャイルズ。せっかくのチャンスをもらったんだ。どれほど多くの人が、こんな仕事をしてみたいと思っているか分かるか」。僕は「オーケー、分かったよ」って。ビートルズの音楽を混ぜ合わせることについて、ビートルズに任せてもらえるなんて、自分がどれだけ恵まれているのか、どれほどありがたいことなのか、考えただけで押し潰されそうだった。

−それは子どもの頃のあなたから思えば、考えられないようなことなのか、それともこうした機会は常にありましたか。

考えられないことだ。だって僕はスティーヴィー・レイ・ヴォーンになりたかったんだよ。聴いていた音楽はフリーとハンブル・パイだ。『ホワイト・アルバム』を初めて聴いたのは19歳の時でね。ビートルズはあくまで親父の案件だったんだ。

—『Love』の音楽で目標にしたことは何ですか。

今の世の中はいつでもどこでも音楽があふれている。僕の仕事が優れているかどうかは関係ない。ただ、素材に手を加えたり、こんな風に音楽を提供することで、みんなの注目を浴びることができる。そうすればみんなが聴き始めるんだ。

Translation by Kuniaki Takahashi

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