スカのレジェンド、プリンス・バスター死去:人々の心を突き動かしたジャマイカの賢人

By Erin MacLeod
先週惜しくもこの世を去ったジャマイカ音楽シーンの立役者、プリンス・バスターの功績と受け継がれる遺産(Photo by: PYMCA/UIG via Getty Images)

「ハンドクラップとストンピングを用いた彼のサウンドは、ジャマイカの人々の魂に訴えかけた」ミラーはそう話す。キャンベルがプロデュースを手掛け、アフリカン・ドラミングを独自に解釈してみせたフォークス・ブラザーズの『オー・キャロライナ』は大衆の心をつかみ、商業的にも大きな成功を収めた。



「多くの人々が、彼の音楽にジャマイカ人としてのスピリットを感じ取ったんだ」ミラーはそう話す。「『ハード・マン・フェ・デッド』(1966年発表)のような曲を聴けば、ジャマイカに伝わる葬式や幽霊にまつわる様々な逸話が、人々にとっていかに重要なものかということが伝わってくるはずだよ。バスターの音楽は踊れるだけじゃなく、人々の心の琴線に触れたんだ。この国に深く根ざしたアフリカン・クリスチャンの精神が、彼の音楽には宿っていたんだよ」

「父は自分のルーツを深く理解し、その精神は彼の細胞に刻まれていた。先見の明を持ち、自らの手で道を切り開いていったんだ」キャンベルの息子であるスルタンがそう付け加える。「彼はスカのリズムを生み出した。当初は誰も認めようとしなかったけれど、父は自分を信じ、自分だけのスタイルを追求し続けた。人々がその魅力に気づくまで、父はたった1人で戦い続けたんだ」

スピリチュアルなポピュラー・ミュージックというコンセプトを生み出したキャンベルがいなければ、ラスタファリの精神と音楽を結びつけたボブ・マーリーも登場しなかったかもしれない。ジャマイカのミュージシャンの多くはラスタファリアニズムを重んじるムスリムだったが、彼はアフロ・カリビアン・クリスチャンの教えを実践していた。(後にモハメド・アリとの出会いをきっかけに改宗したキャンベルは、その後イライジャ・ムハンマドの支持者となり、ジャマイカにおけるネイション・オブ・イスラムの代表を務めている)

宗教の面ではマイノリティであったにもかかわらず、蔓延る不正に対して声を上げ、黒人としての誇りを主張した彼は、ジャマイカの人々の支持を勝ち取った。ワンマン劇場と言うべき『ジャッジ・ドレッド』シリーズでは、バスターが裁判官となり、黒人を相手に罪を犯す人々に何百年もの服役を言い渡す。歌詞、ストーリー、そして作曲のすべてにおいて才能を発揮したキャンベルは、ジャマイカで不動の人気をものにした。
Translation by Masaaki Yoshida

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