モハメド・アリがアメリカを変えた4つのこと

1964年3月、モハメド・アリ(左)とマルコムX(右) (Photo by Bob Gomel/The LIFE Images Collection/Getty Images)

モハメド・アリがスポーツ界を変えたことには疑いの余地もない。1964年のソニー・リストン戦での衝撃的な番狂わせで現王者を引きずり落とした最若年ボクサーとなったことを手始めに、ヘヴィ級王座を3度獲得したアリは、ジョー・ルイス、シュガー・レイ・ロビンソンと並んで、これまでリングに足を踏み入れたボクサーの中でも史上最高の1人と目されている。

アリの型破りなボクシングスタイルは、当時のボクシング原理主義者には受け入れ難い面もあったものの、スピードとパワーのまばゆいばかりのコンビネーションはボクシングに革命をもたらし、今ではほとんどのボクシングファンが、"史上最高"というアリの自画自賛を受け入れるようになっている。

たしかにアリが1999年にスポーツ・イラストレイテッド誌選定の"世紀のスポーツマン"に選出されたのは、そのリング内での業績のおかげではあるのだが、彼が地球上でもっとも有名で愛される存在となったのは、むしろリング外でのアピール力によるものだった。1947年に野球の世界で人種の壁を打破したジャッキー・ロビンソンを除いて、20世紀のアメリカスポーツ界で、アリほど飛び抜けたインパクトを持つ者はいない。彼の頭脳と口は、拳やフットワークよりもうんとスピードがあったのである。権力者にも臆することなく真実をぶつけるおしゃべりアリは、あえて対立をあおるように、時には"傲慢"に発言した。ことに若い黒人の口から発せられる言葉であることを思えば、それは当時の主流派アメリカ人にはまだ準備ができていることではなかった。

力強くて明け透けな自分語りに、魅力やカリスマ性もたっぷりと兼ね備えて、アリは何世代にもわたるアフリカ系アメリカ人の威厳と自己決定権の象徴として求心力を発揮し、"ピープルズ・チャンプ"の名誉称号にふさわしい巨人になったのだった。 

1.白人主導のアメリカにブラック・パワーを注入

ジェームス・ブラウンが『セイ・イット・ラウド(Say It Loud - I’m Black And I’m Proud)』を1968年に録音する4年前、そしてアダム・クレイトン・パウエル・ジュニアとストーキー・カーマイケルが1966年の春にわずか数週間違いで"ブラック・パワー"という言葉を使い始める2年前に、アリはブラック・パワーのコンセプトをすでに体現していた。リストンを下して間もなくの1964年2月25日、ヘヴィ級新チャンピオンは、本名である"奴隷名"のカシアス・クレイを、モハメド・アリに改名すると発表。これはネイション・オブ・イスラム(以下NOI)の黒人分離主義派イライジャ・モハメドによる命名であった。多くのスポーツライターが(アリのライバルボクサーまでもが)この新しい名前を拒否し、彼のことを引き続きカシアス・クレイと呼び続けた。「オレは自分がどこに向かっているのかを分かっている。オレは真実も知っている。オレには他人が望むような人間になる必要もない」とアリは王者になってから始めての記者会見で語ったのだった。「オレは自由に、なりたい自分になる」

そこからの年月、アリは不正義や人種不平等について発言を重ね、ただのボクシング・チャンプから、民衆のチャンピオンへと変貌を遂げていった。アリはしばしばメディアから誤解を受けた。当時のメディアはほぼ白人に独占されていたからだ(現在でも白人が圧倒的な大多数ではあるのだが)。公民権運動の最盛期に、アリがNOIの人種統合拒否に賛成したことについても、単なる偏狭の表れだと見て取った人も多かった。NOIは当時恐れられるような存在で、FBIの標的にもなっていたのだ。しかしアリは生涯にわたって、イスラム教のアンバサダーとして振る舞い続けた。アリはおそらく、導師マルコムXを除くと、史上もっとも有名なアメリカ人ムスリムである。

1975年にアリはNOIを離れ、主流派のスンニ派イスラム教に改宗し、後年はチャリティ活動に一層熱心に励んだ。9.11事件の後には、アリはテロ攻撃に反対する姿勢を取った。「本当に心が痛む。イスラムは平和なものであり、暴力とは関係がない」とアリは語った。「ああいうことをするごく少数のために、この宗教全体が悪く見られる」。言論の自由と宗教の自由に対するアリの献身的な姿勢は、合衆国建国の父たちが規定した憲法上の自由を真に体現している。このことは、危険なデマゴギー(民衆扇動)的な今の政治環境にあって、一層心に響いてくるのだ。

Translation by Kuniaki Takahashi

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