マリア・シュナイダーが語る至高の作曲術、AIが代替できないジャズの民主主義

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作曲家のマリア・シュナイダー(Maria Schneider)は現代ジャズにおける伝説的な存在だ。21世紀に入ってから進化が止まらないビッグバンド/ラージ・アンサンブルの最高峰として知られ、ダーシー・ジェームス・アーギューや韓国のジヘ・リー、日本の挾間美帆や池本茂貴、秩父英里といった次世代の登場を促した。そんなマリアの才能に、晩年のデヴィッド・ボウイが魅了されたのは周知のとおり。彼がマリアと共に作り上げた楽曲「Sue (Or In A Season Of Crime)」は、遺作『★』を生み出すきっかけにもなった。

マリアの音楽においては、ジャズとクラシックの手法がその境界を感じさせないほど見事に融合されている。実際に彼女はクラシック音楽にも取り組んでおり、グラミー賞でも両ジャンルの部門で受賞している。

そんなマリアが、彼女を敬愛する挾間美帆プロデュースの「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」に満を持して初登場。7月27日(土)に東京芸術劇場コンサートホールで開催される同公演では、マリアの指揮で彼女のジャズ曲をラージ・アンサンブル、クラシック曲をチェンバー・オーケストラが演奏するほか、挾間の編曲によるマリアの人気曲「Hang Gliding」も披露される。マリアの名作『Winter Morning Walks』(2013年)からの曲も日本で初演奏される予定で、貴重な一夜になるのは間違いない。

今回、来日を前にインタビューが実現した。ジャズやブラジル音楽、ポップスなどの影響源や、来日時に披露されるクラシック路線の楽曲の話、ボウイとの出会いを経て辿り着いたダークな世界観についてなど、キャリアを網羅するためにじっくり話を聞いた。ここからマリアの音楽を今一度掘り下げてみてほしい。




音楽観を変えた数々の出会い


―若い頃、どんなジャズ作曲家を研究してきたのか聞かせてください。

マリア:ジャズ作曲家ということであれば、サド・ジョーンズとデューク・エリントンは絶対。私が学んだクラシックの世界では楽曲のフォーム(形式)がとても広範的だけど、ジャズの世界の曲の多くはテーマとバリエーションで演奏される。つまり曲があり、その”同じ曲”で誰もが即興演奏をする。ボブ・ブルックマイヤーのアプローチはそれを大きく打ち破る、クラシック音楽的な形式だった。私は「わお、何をやってもいいんだ。ソロイストたちは”違う曲”で演奏できるんだ」と思った。

そしてギル・エヴァンスは「トランペット、トロンボーン、サックス」という“3種の神器”みたいな、典型的ビッグバンドの編曲ではないところが好きだった。まるでオーケストラを作編曲するみたいで、フレンチホルンとかダブルリードといったユニークな楽器を加え、それ以上に、各楽器を個々のものとし、セクションとしてではなくアプローチした。ギルなら『The Individualism of Gil Evans』。マイルスとの仕事と同様、作曲における洗練度という意味で、次のレベルと言える素晴らしさがある。マイルス・デイヴィスとのコラボなら『Porgy and Bess』を選ぶかな。





―ボブ・ブルックマイヤーについてクラシック音楽的だとおっしゃいましたが、もう少し、彼の特異性について教えてください。

マリア:ごく小さなアイディアを使って曲を作り上げていく展開のしかたが、とても洗練されている。それは彼の演奏にも当てはまる。作曲家としてのアプローチと演奏家としてのアプローチが一緒ってこと。例えば、たった3音で始まったソロの間、ずっとその3音を繰り返すことで別のものにしてみせる。作曲も同じ。そういうのをやらせたら彼は超一流。あとはリズムに対するセンス。彼の音楽のパワーの多くはリズム、そして一つのアイディアを発展させていく一貫性から来るんだと思う。今言ったことはどれもクラシック音楽の世界ではとても重要なことだから。

ボブ・ブルックマイヤーの作品なら『Make Me Smile』。これはメル・ルイス・オーケストラとやったアルバム。「My Funny Valentine」を完全に再構築する編曲が本当に素晴らしい。これは私がジャズ・コンポーザーになりたいと思ったきっかけのアルバムでもある。ジャズの作曲の世界でも、クラシック音楽と同じくらい洗練されたことができるのだと思わされたから。

私がライナーノーツも書かせてもらったブルックマイヤーの最後のアルバム『Standards』も選びたい。スタンダードという私たちが知っている曲のコンテクトの中で聴くと、"どこから”が、そして”どれ”がブルックマイヤーの編曲なのかが聴いてわかる。それはギルに関しても一緒。ギルの場合も、ほとんどが編曲だったから。知っている曲のコンテクトの中だと、彼らのアレンジの新鮮さが際立ち、よくわかる。どこをとってもボブならでは。



―あなたの音楽からはブラジル音楽からの影響も聴こえてきますが、そういった音楽に魅了されたきっかけは?

マリア:ブラジルに行ったことかな。

―現地での経験ですか?

マリア:でも、実はその前から好きだった。私の父は南米でも仕事をしていたので、両親の新婚旅行は南米で、リオのカーニヴァルで皆がサンバを踊りながら街に繰り出す様子をムービーで撮っていた。それを見て、子供心にとても惹かれてた。それから何十年……90年代にバンドで招待を受け、ブラジルを訪れたことが人生を変える体験になった。関係者に現地の音楽を聴きに連れて行ってもらったり、スーツケースがパンパンになるくらいCDを買って帰ったり。そこから取り憑かれたみたいに夢中になってブラジル音楽を聴いた。

―そうだったんですね。

マリア:長く聴いていれば、当然その影響は自分の音楽にも入ってくる。それまで私は、シリアスなジャズはシリアスに聞こえないとダメなのだと思っていた。パワフルで、ダークで、強くて、筋肉質なものじゃないといけないんだ!と。ところが、ブラジルに行ったら突然すべてが美しくて、魅力的で、笑わせてくれて、泣かせてくれて、それでいてハーモニーもリズムも洗練されている。その時、音楽は……というかジャズは、楽しいものにもなれるんだと気づいた。魅力的で美しくて洗練されたジャズになれると。帰国後、私の音楽が変わり始めたのは、私自身が“美しい曲を書くことを自分に許した”から。そのくらい、ブラジル音楽との出会いは私を変える出来事だった。


Photo by Whit Lane

―ブラジル音楽で特に惹かれたアーティストや作品は?

マリア:まずエグベルト・ジスモンチ。作曲面で彼の音楽はリスペクトしている。あとは当然ながらアントニオ・カルロス・ジョビン。彼はハーモニーも何もかもが美しい。

―ジスモンチのどんなところに惹かれたんですか?

マリア:熱いところかな。あの目……! エグベルトのどこが好きって、何よりもミュージシャンとして、プレイヤーとしての高い演奏技術。10弦ギターからピアノまでなんでも弾ける。そして人を惹きつけてやまないメロディとリズムとフォーム。ご存知だと思うけど、彼はヨーロッパでナディア・ブーランジェ(アーロン・コープランドやアストル・ピアソラ、クインシー・ジョーンズらを指導したフランス人作曲家)にクラシック音楽を学んだから、彼が書く曲のフォームは動き回る。「Frevo」「Loro」……彼のどこが好きかと言ったら、その複雑さ。もう驚異的。奇跡と言っていい。

―ブラジル音楽があなたの人生をそんなに大きく変えたとは知りませんでした。

マリア:あと、リオには地域ごとに独自の音楽があって。カーニバルの間はサンバスクールが競い合っている。私はその中のポルテーラ(Portela)が大好きでアルバムも買った。ただ人が歌っているだけ、パンデーロを叩いて、喜びに満ち溢れてて、そこでは音楽が「生きることそのもの」だと思ったのも大きかったかな。



―では、次はクラシック音楽です。どんな作曲家を研究したんですか?

マリア:子供の頃からアーロン・コープランドが好きで、作曲家になりたいと思ったのも彼の音楽がきっかけ。彼の初期の音楽はとてもアメリカ的だった。私が住んでいたのは、だだっ広くて平らな風景が続くアメリカ中西部。彼の音楽は私の目に映る風景を、どこかで感じさせるものだった。私が自分自身のストーリーを音楽の中に込めるコンポーザーになったのも、その影響なのかもしれない。

高校生の時に初めて書いた曲は、友達のための曲で、その友達に対する私の思いを込めて曲にした。聴いていたクラシックの作曲家ということであれば、ラヴェル、ショパン、ストラヴィンスキー……ハチャトゥリアンのピアノ協奏曲も好きだったし、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調の第2楽章はため息が出るくらい。エグベルト・ジスモンチにもラヴェルに似た曲があって、確かインスピレーションになったのはラヴェルだったはず。



それと、私が子供の頃に聞いてきた60年代のポップミュージックは本当に良質だった。ジミー・ウェッブやローラ・ニーロの曲を取り上げたフィフス・ディメンション。そのアレンジはビル・ホルマンやボブ・ブルックマイヤーのような人たちが手がけていたから。レコーディングはミッドタウン・マンハッタンのスタジオ。オフィスでアレンジャーたちが待ち構えてて、曲が入ってくると、それをアレンジし、レコーディングを行なうというわけ。

―ジミー・ウェッブもお好きなんですね。

マリア:「Wichita Lineman」が大好き! ”If these old walls could speak, they would have a tale to tell…”(「If These Walls Could Speak」を歌う)。当時のポップミュージックも私に影響を与えている。「Up Up And Away」(ジミー・ウェッブが作曲)は何回、転調すると思う? 10くらい違うキーへ変わる。(歌いながら、次々と転調する様を説明)私は曲を聴きながら、家中踊り回っていた。セクションが変わるたび、まるで空を飛んでいるみたいだった。しかもストリング、ブラス……とフルオーケストラが使われている。



―ジャズとクラシックの融合といえばジョージ・ガーシュインはいかがですか?

マリア:子供の頃はガーシュインが大好きで「Rhapsody in Blue」をバカみたいに聴いていた。「Prelude」「American in Paris」「Porgy and Bess」……どれも大好き。ラヴェルからはガーシュインが、ガーシュインからはラヴェルが聴こえてくるのが面白い。アメリカン・ソングブックとフランス音楽が混じり合い、初期のジャズの影響も少しあって、すべてがそこにある。子供の頃、フィフス・ディメンションを聴いて踊りまくってたのと同じように、ジョージ・ガーシュインにも夢中だった時期があるから。


Translated by Kyoko Maruyama

 
 
 
 

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