米イスラム系の若者が直面する精神疾患の実情に迫る

平和集会で、祈りを捧げながらカフィーヤで涙をぬぐうマヤ・ハビブさん(MANDI WRIGHT/USA TODAY NETWORK/IMAGN)

ミシガン州ディアボーンのアラブ系コミュニティでは、ガザでの戦争やFBIの監視強化で不安症、鬱病、薬物乱用が急増し、9.11世代を追い詰めている。米ローリングストーン誌と報道ニュースサイトCapital &Mainの共同執筆記事を掲載する。

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子どもの頃、ラビ・ダーヴィッチェさんはデトロイト近郊の閑静な郊外に月例防災サイレンが鳴ると、慌てて身を隠したものだ。

ダーヴィッチェさんが恐れたのは鼓膜破りの大音量だけではなかった。竜巻警報は彼の意識をミシガン州ディアボーンから、1980年代に幼少期を過ごしたレバノンへと連れ戻した。そこでは似たようなサイレンが、上空を飛ぶイスラエル軍戦闘機が投下する爆弾の危険が迫っていることを警告した。大丈夫だよ、と言って両親は当時6歳のダーヴィッチェさんをなだめた。ここはアメリカよ。

だが9.11同時多発テロ事件が起きてからは、ベイルートの戦禍を逃れたからといってアメリカで平和が約束されるわけではなかった。そうした現実はこの数カ月さらに色濃くなっている。イスラエル・ガザ戦争でイスラム教徒に対する反感が加速し、ダーヴィッチェさんのような人々の安全が今も脅かされているのだ。

ディアボーンおよび周辺地域の住民、宗教指導者、精神疾患専門家の話では、9.11事件後のテロ撲滅対策の遺産――ソーシャルメディアの監視、学校に出入りするFBI捜査官、モスクに潜伏する内通者――により、イスラム系アメリカ人の若者世代が法当局の標的にされているという。

アメリカ愛国者法のもと対テロ政策が本格化してから20年以上経つが、この間に500件以上ものセンセーショナルな訴訟が起こされ、イスラム系・アラブ系アメリカ人を対象とした差別的な取り締まりがいまだ尾を引いていることを如実に物語っている。昨年9月には、監視対象にされた人々の憲法上の権利を侵害したとして、司法省とFBIの職員が訴えられた。執拗な差別的取り締まりと比例して、反アラブ感情やイスラム恐怖症を反映した憎悪犯罪の件数も過去最多に迫る勢いだ――こうした状況は、イスラエルとハマスの戦争が勃発して以来さらに深刻化している。FBIが監視を強化し、反イスラム感情も急増しているためだ。ホワイトハウスもこうした騒がしい動向をふまえ、昨年11月に全米初のイスラム恐怖症対策戦略を発表した。

1989年12月にディアボーンに移住した時、ダーヴィッチェさんは6歳だった。若きアラブ系アメリカ人として青春時代を過ごした当時のアメリカは、3000人近い死者を出した9.11事件の悲しみも早々に、報復へと歩きだした。ダーヴィッチェさんの言葉を借りれば、「お前は敵だと言われる社会」だ。

ダーヴィッチェさんの日常でもこうした傾向はマスコミへのタレコミや、モスクや学校に潜伏する内通者という形で現れた。ウォーレン通りとワイオミング通りが交わる交差点に設けられた検問所は、友人や隣人らが州警察から度々呼び止められた。ダーヴィッチェさん自身も一度ならず監視されていたことがあった。

ダーヴィッチェさんはできるだけ目立たないように努めた。「とにかく人目につかないようにした」そうだが、いかつい身体の元ディフェンス・タックル選手にとって、必ずしも楽ではなかった。

彼の不安は日に日に増した。

ダーヴィッチェさんの場合、そうしたストレスが幼少期のトラウマに苦しんでいた難民を鬱状態へと引きずり込んだ。そういった意味で、彼の経験は他のイスラム系アメリカ人の若者と共通している。2001年の同時多発テロ事件直後に成人したこの層は、現在専門家の間で「9.11世代」と呼ばれている。

それから2002年、19歳の誕生日を迎え、バスケットボール中に膝に重傷を負い、オピオイドを処方されたダーヴィッチェさんは、本当の自分を見つけた。「人生で初めて、自分らしくいられました」と後にダーウィッチェさんは語った。やがて彼は処方箋なしで薬を服用し始め、たちまち依存症になった。

14年間紆余曲折を繰り返した末――屈辱、投獄、瀕死の経験――ダーヴィッチェさんは依存症を克服した。現在は活動家として、また行動保健学の専門家として活動しているが、アラブ系コミュニティが抱える危機的状況が及ぼす長期的影響を懸念している。「僕たちの世代は壊されてしまった」とダーヴィッチェさんは言う。


ディアボーン近郊のHYPE陸上施設のラビ・ダーヴィッチェさん。「お前は敵だと言われる社会」で苦しみながら育ったという(ELI CAHAN)

Akiko Kato

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