世界でもっとも危険な遊戯、コロンビアの闘牛「コラレハ」衝撃ルポ

写真:Carlos Parra Rios

コロシアムで、雄牛が数百人の男たちをにらみつける。体重0.5トン、毛並みは黒く、頭部はガイコツのように真っ白で、大きく曲がった角がある。闘牛用に飼育された牛で、獰猛さがDNAに刻み込まれている。雄牛は闘牛場の群衆を見渡し、挑戦者はいないかと目を光らせる。群衆は獣のちょっとした動きも見逃さない。サメから逃れる魚の群れのごとく、男たちは一斉に駆け出す。灼熱の太陽がじりじりと照り付ける。

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群衆の中から1人の男が歩み出る。カタリーノ・ブラーヴォは黒肌を白く塗り、鼻を赤く染めてピエロに扮していた。瞳の奥に怪しい光が見える。完全に正気の人間なら、30フィート前方に立つ体重600ポンドの怒り狂った雄牛に向かって叫ぶことなどしないだろう。

「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」

2万5000人前後の観客がカタリーノに声援を送る。スタンドではバンドのドラム隊の1人がソロに没頭している。鼓動は次第にペースを上げていく。

「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」

雄牛はカタリーノをにらんだまま、地面を蹴った。土埃が宙に舞う。カナリーノは2歩前に出て、2歩後ずさり、身体を小刻みに動かした。観客が恍惚とした表情で見守る。ドラムは激しく鳴り続け、カタリーノは再び「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」と叫んだ。

雄牛が突進する。歓声が上がる。カタリーノは素早く十字を切って駆け出した――まっすぐ、牛の角に一直線に。あっという間の出来事で、頭が追い付かない。この男はなぜ突進する牛に向かって駆け出しているのか? 助かる見込みはあるのか? 一体全体何事だ?

観客が総立ちになって叫ぶ。ドラムソロはより激しく、よりテンポを上げて鳴り続ける。男と雄牛は真正面から突進し、あっという間に距離を縮めた。


コラレハでは音楽と酒がつきもの。「これが自分たちの伝統だ」と来場者の1人は言う(CARLOS PARRA RIOS)

間違いなくカタリーノが突き刺されると思われた瞬間、誰もが息をのんだ。殺人的な牛の角からわずか数インチのところで、カタリーノの身体は雄牛を飛び越えて跳躍した。雄牛が猛進する。カタリーノは土埃の中に転げ落ちた後、立ち上がった。

観客が歓声を上げる。木製の柱が揺れ、コロシアム全体が壊れそうなほどだ。自らの命を危険にさらす「死の跳躍」という技が――今回は――完璧に決まったのだ。ほんの1秒タイミングがずれれば、カタリーノは雄牛に突き刺され、身体を真っぷたつにされていたかもしれない。そして今、彼は王者のように勝利の味を噛みしめ、闘牛場を駆け回る。熱烈なファンが観客席から投げ銭する。

「イカれた連中向けのスポーツだ」と後にカタリーノは語った。瞳の奥にはまだアドレナリンがほとばしっている。

これがコロンビア式の闘牛「コラレハ」だ。猛者や酔いどれや愚か者が怒り狂った雄牛を振り切ろうとするサンフェルミンの牛追い祭りと、スペインの伝統的な闘牛をかけ合わせたようなもの。だが大きく異なる点がいくつかある。コラレハで死ぬのは牛ではない。人間だけだ。

コロンビアのカリブ海沿岸地域では100年以上も前から、数百人の男たちが――みなラムとビールをしこたま浴びている――木製の粗末なコロシアムに詰めかけ、雄牛を相手に肝試しをしてきた。筆者も10年以上コラレハを観戦し、ラムをすすりながら数々の雄牛を眺め、ルールや特徴を学んできた。午後を通して36頭の雄牛が1頭ずつ闘牛場に放たれ、男たちの群れを突き進む。5分ほど経過したところで雄牛は縄にかけられて退場し、次の野獣が金属製の扉から突進する。男たちの大半は、ショウのためにおとり役を買って出た者たちだ。彼らの任務はただひとつ、雄牛の角を避けること。動きが鈍かったり、運がなかったりすれば、雄牛の餌食になってしまう。だが中核を成す50人程度は、カタリーノのように闘牛で生計を立てるプロフェッショナルだ。通称「スーサイド・マン」と呼ばれている。ケガは日常茶飯事だ。賛否両論あるものの、誰もがみなコラレハを古代ローマの剣闘競技にたとえる。

階上の観客スタンドでは、数万人の観客が観戦し、生演奏に合わせて踊っている。年配の女性たちがラムのショットグラスを片手に談笑し、イベントの謳い文句を繰り返す。「死人が出なきゃ、コラレハとはいえないわね」。

音楽とラム、血と狂気に満ちた6日間の凶悪な祭り。世界でもっとも危険なスポーツのひとつ――だが、それとおさらばする日も近いかもしれない。

Akiko Kato

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