イヴ・トゥモア「フジロック降臨」が見逃せない理由 ロックスターとなった黒い異星人の歩み

 
ピュアネスが炸裂するライブショー

2021年のEP『The Asymptotical World』でさらなるロックアンセム化を推進した後、『Praise a Lord Who Chews but Which Does Not Consume』では、ニューウェーブ/ネオサイケ的なサウンドへ移った。「God Is A Circle」や「Fear Evil Like Fire」から聞こえる、ディストーションのかかったベースの太みや分厚くギラついたギターの単音フレーズ、4度と6度の間を行き来するコード・プログレッションは、70年代後半から80年代初期にかけてのPILやジョイ・ディヴィジョンを思わせる。「Lovely Sewer」のチープでプラスチックかつ残響の深いドラムサウンドで16分のハイハットを刻むパターンは、キュアーの「One Hundred Years」そっくりだ。しかし、社会構造をアイロニカルに笑うジョン・ライドンや文学臭いフレーズを低音で呟くイアン・カーティス、あるいはあられもない絶望を曝し出すロバート・スミスとは違い、ショーン・ボウイは真っ直ぐで青臭いほどの愛について歌っている。

ショーン・ボウイは、蛇の表情のように感情の読み取りにくい声をしている。だからこそ、直線的なリリックが歌に乗った時に突き刺さる。変態質に思えるイヴ・トゥモアの音楽だが、そこに乗せられる言葉と感情は実はストレートそのものである。例えば『The Asymptotical World』の「Jackie」。”Hey,Little Jackie / When you wake up,do you think of me?”(ジャッキー、目覚めた時に僕のことを考えてくれる?)と冒頭から抑えた声で語りかけ、コーラスで”I ain’t sleeping / Refused to eat a thing”(眠っていないし、何も食べたくない)と、自身のひどい状態を歌い上げる。「Meteora Blues」では、乾いたアコースティックの上で“I'll always pray to an empty sky”(空っぽの空に向かっていつでも祈るだろう)と叶わない思いを打ち明ける。ボウイの言葉は、恋を知ったばかりの少年のように無様で愚かで実直で切実なのだ。”Everybody told me you are creep”(お前はクズだってみんなが言う)、”I hear the angels lie, too”(天使たちも嘘をつくのを耳にする)と疎外感が溢れ出す「In Spite of war」では、”I just wanna know/Will you be by my side?”(俺はただ知りたい、君は俺の味方なのか)と、スネアの連打と押し寄せるギターに乗せて率直な言葉を吐き出す。驚くべきピュアネスが、音楽の中から溢れてくる。




そのピュアネスがより強く炸裂するのがライブショーの現場だ。2022年のグラストンベリーでのライブの様子がYou Tubeにアップされているが、そこではショーン・ボウイの純心さが滲み出ていた。ボウイは奇天烈と言っていい格好をしている。袖なしのライダース、ブーツ、そしてTバックスレスレのショートパンツは全て鋲付きのレザーで、オリーブグリーンの毛糸の下着からは尻が半分覗いている。下着と同素材のロンググローブを右手だけに装着し、両膝につけたスポーティーな白い膝サポーターは破けている。アクセサリーも鋲付きが多く、首と腕を刺々しく飾る。顔の上には、水泳キャップのような下地に毛皮を左右非対称に付けた帽子、そして外側が釣り上がった黒のサングラス。重ね着がされているのに肌の露出が多い、アンバランスに完成されたファッションの中で、褐色のボウイの肌が光沢を帯びている。

ギタリストのChris Greattiはエクスプローラー型のギターで伸びやかにソロを弾き、ベーシストのGina Ramirezは太いベースラインをはじきながら蛍光イエローのアウターを上下に揺らしている。ギターの音はオーディエンスのアクションを呼び起こし、相互作用で場の熱をあげ、ドラムとサンプラーが呼応する。長身のショーン・ボウイがそうした全ての気配を司る使者のように、声をあげる。「Operater」の後半では、ショーンが「Be!Be!」と叫ぶと観客は「Aggressive!!」と応える。ライブ会場全体が、少しずつ少しずつ、アグレッシブな気配を充満させていく。熱気と熱狂の中、ボウイは気取った態度を見せずに、観客を見つめ、体を揺らしながら、手を差し伸べるように歌っていた。それは、愛を与え求める少年の姿そのものだ。欲望にも優しさにも、一切のひねりがない。胸に純白の愛を抱えた黒い異星人。それがイヴ・トゥモアなのだ。


2022年のグラストンベリーでのライブの様子(フル版はこちら)

最新作の最後の曲「Ebony Eye」では、心地よく揺らぐブレイクビーツと天国から降り注ぐ光のごときサンプリングフレーズと共に、ボウイのピュアネスが強く激しく押し寄せてくる。

“Ebony Eye
Swing your arms
In the October air”

“漆黒の瞳よ
腕を揺り動かして
10月の空気の中で”

この、母音を多く含む柔らかさの中で「b」の音がアクセントとなる反復フレーズは、愛を一つのシーンに凝縮させたかのような美しさを誇っている。10月の空気を感じる腕の動きに、生の全てが宿っている。その無限の気配は、イヴ・トゥモアのライブの舞台ではっきりと現れる。ボウイの美しい声が、イヴ・トゥモアの美しい音が目の前で鳴り響けば、そこに生の意味は生まれるだろう。計画性や持続可能性を無視した生の充実が、あなたの意識と体を覆い尽くすだろう。そして、真っ直ぐな愛だけが最後に残るだろう。

もう一度言おう。愛の交歓こそが、今世界に必要なものだ。君が君の世界を愛で満たしたいならば、イヴ・トゥモアのライブに駆けつける以外の選択肢はない。






イヴ・トゥモア
『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』

国内盤CD:発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13252

LP国内仕様盤、輸入盤CD、限定輸入盤2LP:2023年4月28日リリース
※国内盤CD・日本語帯付き仕様盤LPは、日本限定カラーのTシャツセットでも発売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13253


FUJI ROCK FESTIVAL’23
2023年7月28日(金)29日(土)30日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
イヴ・トゥモアは7月28日(金)出演
フジロック公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE