ヒップホップシーンの「ど真ん中」を貫く圧倒的リアリティ 熱狂を生んだフェス「THE HOPE」総括

強者たちが発する、十人十色の価値観とメッセージ

他にも印象に残ったアクトを挙げていくときりがないが、特に心に残った3つのステージを紹介したい。まずはRed Eye。「若いやつがカマさないとどのシーンも廃れていく」というMCから始まり、自慢のレゲエ・ライクなフロウを駆使しながらインパクトある歌唱で会場の空気を掌握していく。「CBD」にも盛り上がったが、その後の「悪党の詩 REMIX」には皆が打ちのめされていた。「ケミカルは二人でやめようか/これは父と交わした約束/新聞やTVでは映らない/日本のリアルはここにある」というラインを強調し、今のギャングスタラップが見つめる真実を切り取っていく。


Red Eye

その点では、Young CocoのMCと曲にも同様の政治性を見た。彼は突然、次のようなMCを披露したのだ。「お金で買えないものがある。戦争とか始まってるの知ってる? 台湾から攻められちゃったりして。やばいかもよ。今横にいる人と高い壁乗り越えられる奴、拍手ください」――。この流れで歌われたのは「Yea」である。「金を持ってもYeah/金を持っても/お金を持ってても/あの人寂しそう/あの人寂しそうYeah/あの人はいい人あの人悪い人/この目で見たけどあくまで俺の想像Yeah/雨上がり日が照らす/月明かり夜を照らす/Bad mind要らないanymore」というリリック。ANARCHYが切り拓いたゲットーという地平を、同じ関西のこのラッパーは「Bad mind要らない」と歌い、AK-69が掲げる新自由主義的な価値観への肯定に対し「お金を持っててもあの人寂しそう」と歌う。今の時代の局面を、Young Cocoは横にいる人との連帯で乗り越えていこうと提案していたのだ。


Young Coco

自らがヒーローとして、「世界中を股にかけたい」と叫ぶのはTohji。「ラップスタア誕生!」出身というのがもはや遠い昔に思えるくらいに、最近の彼は異次元に突入している。アルバム『t-mix』のトーンそのまま、狂騒的なトランスのノリをふんだんに駆使しながら会場を別世界に連れて行くステージは至高の体験であり、「THE HOPE」のカラーからは浮いていたかもしれないが、間違いなくヒップホップの新たな一面を打ち出すことに成功していた。ギャングスタラップ寄りの価値観が集うフェスの中でも、こういった独自の方向性を打ち出すラッパーがいるのは素晴らしいことだろう。


Tohji

今回熱狂的かつ真摯なステージを多く目撃したことで、私は「THE HOPE」のフェスとしての方向性を理解することができた。ギャングスタやゲットーという、日本のヒップホップにもはや欠かせないテーマが形を変えつつも今のシーンに強力に息づいている事実を目の当たりにし、次の可能性を感じることも叶った。多様な地域性や、さらにラッパーだけに留まらないDJのステージも目立っていた。それら方向性のもと、もうひとつの可能性の幅として、抜群のステージを見せてくれるだろう女性のラッパーを数名提案したい。なぜなら、このフェスのカルチャーに親和性が高く、さらに彼らが大切にしている“フッド”や“レペゼン”というテーマからラッパーとしてのアイデンティティを立ち上げている女性ラッパーは多く存在しているからである。

東海にはTOKONA-Xと交流があったANTY the KUNOICHIが、現役で今年アルバムを出したばかり。最近の勢いでは岐阜のMaRIも外せない。近畿からは大門弥生と7を推したい。横浜からはもちろんSIMI LABのMARIA。フェスが掲げている方向性を鋭く批評する存在としては、麻凛亜女、Henny K、Tomiko Wasabiを呼び話題の「V.A.N.I.L.L.A.」を披露してもらうのも良いだろう。多くのヒップホップフェスが生まれる中で、それぞれが独自性を打ち出していかねばならない時期に来ている。一つひとつの集客を考えると、無責任にヒップホップの多様性をおしつけるのも無理がある。ただ、各領域の中で、奥行きを深めていくためのヒントはまだまだ眠っているはずだ。初開催で熱狂を生んだ「THE HOPE」の、今後の進化に期待したい。

【写真ギャラリー】「THE HOPE」ライブ写真まとめ(記事未掲載カット多数)



「THE HOPE」公式サイト:https://the-hope.jp/


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