元シルヴァーチェアーのダニエル・ジョンズ、豪州の国民的スターが語る「進化と挑戦」

 
未来へと向かおうとする意思

『Diorama』の発表後も、ジョンズは壮大なビジョンと探究心を度々表現している。2004年には古くからの友人であるポール・マックとのコラボレーションによるプロジェクト、ザ・ディソーシエイティブズとして『The Dissociatives』を発表し、2007年にはシルバーチェアーの最後のアルバムとなった『Young Modern』をリリースしている(バンドは2011年に解散)。2015年にはソロ作『Talk』を発表し、2018年にはルーク・スティールとのプロジェクトであるDREAMSのデビューアルバムがリリースされた。2人は同年にコーチェラに出演を果たし、音源を一切発表することなく同フェスに出演した史上初のアーティストとなった。

「あのレコードは気に入ってるよ」。ジョンズはDREAMSのデビュー作についてそう話す。「今までの僕のキャリアにおいて、セールス面では最も冴えなかったけど、最も誇りに思っているアルバムだ。自分の作品には全部思い入れがあるけど、あのレコードは他のどの作品よりも多くの努力とビジョンを必要としたし、かつてないほどのリスクを負ったから。とても誇りに思ってる」




対照的に、ソロデビュー作『Talk』はリリースと同時に圧倒的な反響を呼んだ。ジョンズによる久々の作品となった同作は、過去に発表した全てのレコードと同様に、進化を続ける彼の新たなビジョンを示していた。だが最も重要なのは、同作が彼のそれまでのキャリアを総括するような内容だったことだ。

「何もかもを白紙に戻して、一からやり直したかった」。リリース当時、ジョンズはtriple jのRichard Kingsmillにそう語っている。だが彼は、そのコンセプトが『FutureNever』ではさらに明確になっていると主張する。

「『Talk』で僕は再スタートを切り、新たな道を歩み始めた」と彼は話す。「そう意識していたからこそ、ロックンロール的なサウンドを避けていたんだ」

「『FutureNever』が前作と大きく異なるのは、僕が過去と現在を受け入れた上で、未来へと向かおうとしているところだ。『Talk』では未来を目指して躍起になるあまり、過去を飛び越えてしまおうとしていた」

最短距離で未来を目指そうとしたことは理解できる。無数のファンがソロ作よりもシルヴァーチェアー(ジョンズはバンドの最後の3作をソロアルバム同然だとしている)の再結成を望んでいる状況であれば、新たな道を切り拓くためにひたすら前に進もうとするのも無理はない。

「『Talk』はシルヴァーチェアーに執着する人々に抵抗する気持ちから生まれたレコードだった。シルヴァーチェアーの音楽は常に変化し続けてたのにね」と彼は話す。「当時の僕は、自分がシルヴァーチェアーというブランドから逃れられないんじゃないかっていう不安を抱えてた。それに対して、『FutureNever』にはより多様な感情が反映されたレコードだ」

「過去から目を背けることはしたくなかった。『FutureNever』はすべてを内包しているんだよ」と彼は続ける。「『Talk』が過去の自分と決別するためのレコードだったのに対して、今作は自分をありのまま受け入れるためのものなんだ」



事実、『FutureNever』はダニエル・ジョンズのファンがこれまでに聞いたどの作品とも異なるレコードだ。昔のシルヴァーチェアーのサウンドを求める人には歓迎されないかもしれないが、アーティストとしてのジョンズの真価を知りたいというファンにとっては、これ以上ない作品だと言えるだろう。

異なる3つのレコードのベストトラックを組み合わせるという非一般的な構成の本作には、商業的成功よりも自身の作家性を重んじる彼のアーティストとしての姿勢がはっきりと現れている。

「(ロックダウンが実施されていた2020年に)ここで制作を始めたんだけど、『このレコードは大衆受けを狙ったものじゃなく、僕の創作に対する本能から生まれたものになる』って敢えて宣言したんだ」と彼は話す。「ここにある楽器や機材を使って、作りたいものをただ作るつもりだったし、発表する予定もなかった。でも結局は『これが1stシングルだ』っていう方向に話が進んでしまう」

レコード契約を交わしている以上、何もかもがビジネスと結び付けられてしまうことに苛立ちを覚えたジョンズは、現実逃避の手段として高校を卒業して以来初めてペイントブラシを手に取った(彼の作品を購入したいという声が増えていることは皮肉だが)。パンデミックの中で多くのアーティストが置かれている状況を考えれば、ジョンズは恵まれた立場にある。彼はそのことに感謝しつつも、経済的成功が創作の目的だったことは一度もなく、「一文なしのままでも構わなかった」と語っている。

「僕がそういうのをまるで気にかけていないってことを、世間は知らないんだろうね」と彼は話す。「だからこそ、『FutureNever』は僕にとってすごく重要なんだ。このレコードをとても誇りに思っているから、みんなに聴いて欲しい。本当にそれだけなんだよ」

その理由は明白だ。サウンドこそ多様だが、すべての曲にはジョンズの個性がはっきりと現れている。「Mansions」のようなサイケデリックなポップから、オペラの影響が色濃く現れている「Reclaim Your Heart」(ファンにとっては新鮮に響くはずだ)、ジョンズ史上最もストレートなポップと言うべき「I Feel Electric」まで、本作は過去の作風が自然な進化を遂げたような内容となっている。その「Electric」には類まれな才能の持ち主であるシンガーMoxie Raiaが参加しているが、彼はまだ彼女のことをよく知らないという。

「直に会ったことはないんだ」と彼は話す。「曲は既にできてて、プロデューサーと一緒にファンクっぽいデモを作ってた時に、彼がそれを彼女に送ったんだ。その時点では彼女の名前さえ知らなかったけど、素晴らしい声の持ち主で、只者じゃないと思った」

「すごく魅力的だったから、僕は敢えて彼女のことを知らないままでいようとしているんだ。素晴らしい歌声の持ち主である謎の女性シンガー、そのミステリアスな感じがいいと思うから」



その後やり取りを交わすようになったという彼女の他にも、本作には多くのゲストが参加している。ホワッツ・ソー・ノット、ヴァン・ダイク・パークス、テーム・インパラのケヴィン・パーカーの他、ある曲にはスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンとジミー・チェンバレンの両方が参加している。

一方で、本作にはジョンズの過去との接点を強く意識させる曲も収録されている。purplegirlをゲストに迎えた「FreakNever」は、1997年にヒットしたシングル「Freak」を子供のような視点とモダンな手法で生まれ変わらせたものであり、「Those Thieving Birds Part 3」は2007年作『Young Modern』で始まった三部作の最後を飾る曲だ。本作のハイライトの1つである「Cocaine Killer」は、大ヒットするかもしれないと感じた曲をボツにした数時間後に、ジョンズがPeking Dukと共同で書き上げたという。

「あの曲は随分前に、ここでPeking Dukと一緒に書いたんだ」と彼は話す。「2017年か2018年、あるいはもっと前かもしれない。パーティーにもってこいの曲をたくさん書いてた彼らがあの曲のビートを聞かせてくれた時に『これで何か作ろうよ』って僕が提案したんだ」

「皮肉なことに、前日の夜にPeking Dukの曲として大ヒットしそうな曲ができたんだけど、僕は全然ピンと来なくて。『Cocaine Killer』は3時間くらいで書き上げたけど、アレンジとかにすごく時間がかかったんだ」




『FutureNever』がさまざまな機会を生み出すであろうことは間違いないが、これらの曲を生で聴ける機会はなさそうだ。ジョンズはもうライブをすることに興味がないという。

「95%くらいの確率で、僕はもうライブをしない」と彼は話す。「絶対にやらないと断言はしないよ。その選択肢を永遠に排除したくはないんだ、自分を牢に閉じ込めてしまうみたいだから。でも僕がライブをやることにものすごく消極的だってことは事実だよ」

「17歳の頃くらいから、ライブが楽しめなくなったんだ。(1997年に)13歳かそこらでライブをやり始めた時はすごく楽しかった。とにかく演奏したかったから、かなり頻繁にやってた。でも2ndアルバムを出した頃くらいから、ステージに立つのが嫌になったんだ。たとえば、ヴァン・ダイク・パークスからアメリカの歴史的名曲30曲をアデレード・フェスティバルでプレイするから歌ってくれって頼まれたら、きっと引き受けると思う。ヴァン・ダイク・パークスならいいか、ってさ。でも僕は、そういう肩書きを必要としてるわけじゃない」



ポッドキャスト『Who is Daniel Johns?』で、ジョンズはライブをしないのはメンタルヘルスのケアのためだとしている。あがり症の彼は人前でパフォーマンスすることで、普段から抱えがちな不安が増大するという。あがり症は珍しくなく、2016年に行われた調査では、アーティストの75%がライブに起因する不安を抱えていると回答している。しかしジョンズのそれは深刻で、彼が求めるレベルで演奏することを不可能にしてしまうという。

また彼は、実験精神が旺盛なアーティストにとっては、ライブという体験が音源のように満足のいくものにならない場合が多いと語っている。

先に述べたヴァン・ダイク・パークスのショーへのゲスト出演のほか、『Talk』のリリースに伴って行われたオペラハウスでの2公演、DREAMSとして出演したコーチェラ、親友のホワッツ・ソー・ノットと共に「Freak」を披露した2019年のSplendour in The Grassフェスティバルなど、ジョンズは過去数年間で何度かステージに立っている。友人のサポートが目的である場合、彼は今後もステージに立つつもりだという。ライブをやらない確率が99.9%に達さない限りの話だが。

「ライブをやったりツアーに出たり、僕はそういう活動に興味がないんだ」と彼は話す。「僕は何か新しいものを生み出すことに情熱を傾けるアーティストでありたい」

「ステージで演奏すること自体は構わないんだ。問題なのは、そこに至るまでの過程なんだよ。それが僕の心を乱して、すごく不安になってしまう。アデレード・フェスティバルでのヴァン・ダイク・パークスのショーは3カ月前に出演が決まったんだけど、その時点ではずっと先のことに思えた。でもその日の夜から、僕は眠れなくなってしまった。3カ月間そのことばかり考えて、気が狂ってしまいそうだった」

ニューカッスルの自宅で彼と向き合っていると、全てが腑に落ちた気がした。ジョンズは過去から逃げることや抗うことをやめ、今の自分を受け入れた上でFutureNeverを見つめている。ダニエル・ジョンズの目には今、どのような未来が映っているのだろうか。

「いい質問だ」。そう言ってから、彼は右手にあるステレオセットと無造作に並べられた機材に目を向けて、しばらくの間押し黙った。「自由こそ未来だ。僕はそう考えてる」

From Rolling Stone AU.




ダニエル・ジョンズ
『FutureNever』
発売中
配信リンク:https://danieljohnshq.lnk.to/pspa

Translated by Masaaki Yoshida

 
 
 
 

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