ショーン・ホワイト インタビュー:再び栄冠に輝いたスノーボードの申し子

平昌冬季五輪の男子ハーフパイプで金メダルに輝き、アメリカ国旗を手にしたショーン・ホワイト 2018年2月14日 韓国フェニックス・スノー・パークにて (Photo by Tim Clayton/Corbis via Getty Images)


ー素晴らしいですね。2022年の冬季オリンピックへの出場は考えていますか?

それについてはよく聞かれるよ。多くのアスリートにとって、オリンピック出場は一生に一度の経験なのにね。それでも、僕はもう一度挑戦したいと思ってる。過去4年間でしっかり休養を取り、新しいことを学んだおかげで、今もスノーボードに対する情熱がみなぎってるんだ。ただ、他にも気になってることがひとつだけある。スケートボードさ。2020年の東京オリンピックに、僕はスケートボードの選手として出場したいと思ってる。スケートボードなら、ニュージーランドやらスカンジナビア半島やらオーストリアやらまで行って、極寒の中でトレーニングに励まなくてもいいしね。僕のマリブの自宅の裏庭にはボウルやランプがあるから、そこでいくらでも練習できる。やりがいを感じるし、2022年のスノーボードでのオリンピック出場を目指す上でも、すごくいい経験になると思うんだ。

2006年にローリングストーン誌に初登場した時、あなたは最初の金メダルを獲得した直後であり、サンディエゴではあなたの凱旋パレードが行われる予定になっていました。あなたは同イベントに際して、模造ダイヤで「CRUNK」の文字を象ったゴブレットを注文したと話していましたが、そのゴブレットはどうなりましたか?

ちゃんともらったよ!当時スヌープ・ドッグが同じものを持ってて、僕も欲しくなったんだ。冗談のつもりだったんだけど、リル・ジョンが本当に送ってきてくれてさ。トロフィーとかと一緒に、今も自宅の棚に飾ってあるよ。リル・ジョンが接着剤片手に、無数のラインストーンをゴブレットにくっつけてる姿を想像して笑ったもんさ(笑)


ショーン・ホワイトが表紙を飾ったローリングストーン誌2010年3月18日発売号 Cover Photograph by Terry Richardson

ー2010年に再登場して表紙を飾った際に、あなたはアメリカ国旗を模したド派手なパンツを着用していました。あのアイディアはどこから?

僕の頭の中は常に変なアイディアでいっぱいなんだ。初めてのオリンピックの後、ローリングストーン誌の表紙を飾ったことはすごく誇りに感じてた。だからもしバンクーバー五輪で優勝すれば、また表紙を飾れるんじゃないかっていう期待があった。そうなったら何を着るべきか、何をすべきか、そういうことを前もって考えてたんだ。当時ガンズ・アンド・ローゼズにハマってたんだけど、あるビデオでアクセル・ローズがアメリカ国旗を模したショーツを履いてたんだ。同じショーツを手に入れるのはさすがに無理だと思ったから、同じアイディアのパンツを特注で作ることにしたんだ。表紙を飾ることになった場合に着ることを想定してね。奇遇なことに、ハーフパイプの競技中に『パラダイス・シティ』がかかってさ。大会後にアクセル・ローズに会ったんだけど、彼は競技に自分の曲が使われたことを喜んでた。僕らが泊まってたその屋敷には、過去のローリングストーン誌の表紙を一冊にまとめたコーヒーテーブルブックがあったんだけど、その中に自分の写真を見つけた時は興奮したよ。

オリンピック2連覇を果たした直後、ローリングストーン誌から電話がかかってきた。ニューヨークで行われる写真撮影に、僕はあのアメリカ国旗のパンツを持っていった。ジミ・ヘンドリックがギターに火を点けたあの表紙は酷評されたけど、彼へのトリビュートの意味を込めて、僕はスノーボードを燃やしたんだ。

僕はロックが大好きで、ラスベガスのハードロック・ホテルにもよく泊まってる。ビリー・アイドルのジャケットとか、スラッシュのギターとかが飾ってあるからね。アスリートの僕には無縁なものばかりだけど、ふと思ったんだ。もし僕がオリンピックでもう一度勝つことができたら、あのパンツもコレクションに加えてくれるんじゃないかってね。そういう馬鹿げたアイディアを、僕は全部実現させてしまったんだよ。

ーあのパンツは今どこにあるのですか?

燃やしたスノーボードと一緒に、そのハードロック・ホテルに飾ってあるよ。僕の誇りさ。

ーAir + Styleについてお聞かせください。毎年ロサンゼルスのダウンタウンにスノーボード会場を設営していますが、その理由は?

アイディアを形にしたもののひとつだね。興味を惹くものを見つけて、その可能性について吟味し、実行に移す、それが僕の行動パターンなんだ。仲間たちとコーチェラで最高の時間を過ごしてた時に、ふと思ったんだ。僕もこれをやってみたいってね。僕は音楽が大好きだし、フェスにはしょっちゅう行ってる。オーストリアで開催されてたAir + Styleのことは前から知ってたんだ。スノーボードを楽しんだ後、豪華アーティストを招いたパーティで大いに盛り上がるアフタースキーイベントで、毎回楽しみにしてたからね。その時も僕は思ったんだよ、こういうイベントを都会のど真ん中でやりたいってね。スノーボードがスポーツとして認知されるようになった今、それに紐付くカルチャーをもっと育てていくべきだ。スケートと音楽とファッションが、それぞれ切り離せない関係にあるようにね。大いに意義のあることだし、やってみるべきだって思ったんだよ。

ー今年のAir + Styleでは、初めてスケートボードのプログラムを導入しました。共通点の多いスノーボードの金メダリストであるあなたは、2020年の東京オリンピックでスケートボード選手として優勝する自信はありますか?

スケートボードの競技化が発表された時は、いろんな人から意見を求められたよ。オリンピックはスケートボードカルチャーを進化させるのか、それとも台無しにしてしまうのかってね。僕はスケートボードの競技化は素晴らしいことだと思ってる。スケートがれっきとしたスポーツだってことを、コミュニティ外の人間が認めるようになったってことだからね。子供の頃に僕が通ってた学校では、スノーボードはスポーツとみなされてなかった。スノーボードが課外活動として認められなかったから、僕は体育の授業の免除を許されなかった。メジャーな大会で何度も優勝して、幾つも賞を獲っても関係なかったんだ。でも今日じゃ、スノーボードはオリンピック競技になり、僕は金メダリストとして世間から認知されるようになった。スケートボードをキャリアとして追求していこうとする人々にとって、オリンピックでの競技化は大きな追い風になると思う。彼らがスケートで、家族を養っていくことができるようになるかもしれない。当事者は競技化をさほど重要視していないかもしれないけど、世間に認知されるっていうのはやっぱり意味のあることなんだよ。誰もがスケートをスポーツと考えるようになるのはまだ先だろうけど、これが大きな一歩になることは確かさ。

Air + Style ロサンゼルス大会でのショーン・ホワイトとファントグラムのサラ・バーテル 2018年3月 Gabe L’Heureux

ー今年のAir + Styleには、あなたの彼女のサラ・バーテルがシンガーを務めるファントグラムが出演していますね。それは忙しい2人が仕事を行動を共にするための口実と考えていいのでしょうか?

彼らは第一回目のイベントに出演して、会場を大いに盛り上げてくれたんだ。最新アルバムも素晴らしかったし、『フォール・イン・ラヴ』は最近ゴールドディスクに認定された。彼らはライブバンドとしてもすごくて、オーディエンスの中には「ワオ!やつらはマジで楽器を演奏するのか?!」なんて言ってる人もいるよ(笑)彼らはしばらくロスでライブをしてなかったから、タイミング的にも良かったんだ。本来なら制作期間中のはずなんだけど、無理を聞いてもらう形で出演してもらった。僕は彼らの大ファンだから、彼らが然るべき評価を得てることを嬉しく思ってるし、近い場所にいられることを幸運に感じてるよ。

ーじっとしていられないタイプなんですね。

そうだね。当面はスノーボードで世界中を飛び回る生活から離れて、自宅でスケートの練習に励むつもりさ。でも僕はオーガナイズがあまり得意じゃないんだ。Air + Styleの開催にあたっても、人手が十分に足りてるか、スケートパークの大きさは十分か、そういう心配ばかりしてた。でもこうして現場にやってきて、このイベントを開催できたことを改めて誇りに感じてるよ。ちゃんと金メダルも持ってきてるんだ、あれを手にとってみたいっていう人は多いからね。僕はそういうファンとの交流を大切にしてるんだ。それ以外の時は、だいたいお客さんに混じってライブを観てるよ。携帯のメールで「ボリュームを上げろ」っていう指示を出すのが僕の役目だからね(笑)自己満足かもしれないけど、こうやって音楽を全身で浴びていると最高の気分になれるんだ。音楽フェスの主催は、僕がスノーボード以外で唯一夢中になれることなんだよ。

Translated by Masaaki Yoshida

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