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欲望に溺れた男の おかしくも悲しい物語

 クリスマスシーズンのこと、スコットランドのとある街で、日本人留学生が強盗による暴行で死亡する事件がおこる。犯人を検挙すべく、捜査の指揮を担当するのが刑事のブルース・ロバートソン。物語はこの男の、欲望にまみれた、卑劣で下衆な行動を描いていくことで進んでいく。

 アル中は当たり前、コカインも常習。不倫はおろか、セフレだけでは満足できず、友達の奥さんにまで手を出す始末。同僚や捜査中のセクハラ、パワハラなどは言うまでもない。さらに、この事件で手柄を立てて昇進するため、ライバルとなる同僚をおとしめるための裏工作を行う。いっぽうで、美人で評判の妻とは万事快調、相思相愛の仲だと触れまわっている。だが、事件の捜査が進むなかで、彼の真の姿が徐々にあらわになっていき……。

 原作はアーヴィン・ウェルシュ。90年代カルチャーを代表する映画『トレインスポッティング』の原作者で知られる小説家にとって、今作はほかのどの小説よりも映画化したかった作品だったという。ユアン・マクレガーの出世作であり、TOMATOがデザインしたポスターやアンダーワールドによるアンセム「ボーン・スリッピー」などでファッショナブルなイメージの強い同作だが、描かれているのはヘロインに溺れる若者たちの出口なき実態だ。欲望を満たすために堕ちていくさまや絶望感におおわれていく人間の虚無という共通項はあるものの、『フィルス』のほうがそうした男の悲しい性は、より色濃く表現されている気がする。そういう意味では、ウェルシュのメッセージは、今作にこそ強く宿っているのかもしれない。

 映画の序盤、ブルースが欲望を満たせば満たすほど、観客は彼に嫌悪感を抱き、その姿に苦笑を禁じ得なくなっていく。ところが、副作用としての幻覚などがあらわになってくると、しだいにその孤独感やエゴイスティックな人格ができ上がってしまった背景を知ることとなる。その姿は悲しく、同時にどんなコメディよりも滑稽だ。それまでの“セックス、ドラッグ、ロックンロール”的なブラックユーモアとはまた違う、心の隙間をつくような切ないユーモアが、えも言えぬ感情を我々にもたらす。

 その真骨頂が、物語の終盤に訪れる。誰もいない自宅で、ブルースは酩酊しながら、かつて撮影したホームビデオに映る妻と息子の姿を観て、ひとりむせび泣く。だが、次の瞬間、嗚咽を上げながら、不倫相手の友人の奥さんに電話をし、卑猥なトークを始める。カメラはソファに腰掛けたままなのに、激しく揺れ動く上半身と必死の形相をとらえ続ける。逆の手が下がっていることを観れば、何をしているのかは一目瞭然だ。ヘドが出るほど下劣なシーンなのに、これほどにも悲しい男の姿がかつてあっただろうか。

 ブルースを演じたジェームズ・マカヴォイは、本作の怪演で多くのイギリスの映画賞をにぎわせた。すでに『ラストキング・オブ・スコットランド』や『つぐない』などで高い評価を得ていたが、本作で、さらなる飛躍を遂げたといえるだろう。

 最後に、ジェットコースターのようにめまぐるしく展開していく物語を彩るサウンドトラックにも触れておきたい。劇伴を手掛けたのは、元ポップ・ウィル・イート・イットセルフのクリント・マンセル。『π』以降のダーレン・アロノフスキー作品をすべて手掛けているといえば、今作の音楽にも期待が高まるだろう。ウィルソン・ピケットが歌う「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」やザ・シュレルズが歌う「ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロウ」などもため息がでるほど素晴らしいが、中でもラスト近くで流れるマンセルとココ・サマー(あのスティングの娘!)がカバーしたレディオヘッドの「クリープ」は珠玉の出来。エモーショナルな映画を締めるには最高の演出となっている。

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