ダニー・ブラウンが語るヒップホップへのラブレター、酒や薬物を断ちハッピーエンドを掴むまで

Photo by Peter Beste

 
ダニー・ブラウン(Danny Brown)といえば、その特徴的なビジュアルもさることながら、甲高い声で発されるユニークなラップとエクスペリメンタルなトラックで唯一無二の個性を築きあげてきた。とりわけ『XXX』(2012年)や『Atrocity Exhibition』(2016年)の奇奇怪怪なインパクトは未だ色褪せることはないし、ちょうど昨年もJPEGMAFIAとの共作『Scaring The Hoes』でとんでもないコラボレーションを見せてくれたばかり。

そんな彼が、この度ニューアルバムをリリースした。イタリア語で“40”を意味する『Quaranta』というタイトルが冠された本作は、40歳を迎えたダニー・ブラウンがラッパーとして新たなフェーズへと突入した感がある。実際、枯れたブルージーなサウンドに乗せて「ラップは人生を救ってくれたが、同時にめちゃくちゃにしてしまった」「40にもなってまだこんなことやってるのか?」と歌う1曲目からして新鮮だ。パンデミックや断酒といったさまざまな出来事を経て完成した今作について、話を訊いた。


Qティップから学んだこと

―今作の制作を開始したのはいつ頃からでしょうか。

ダニー・ブラウン(以下、DB):パンデミック、ロックダウンの真っ最中だった。

―ということは、2020年ごろでしょうか?

DB:憶えてない(笑)。ちょうどコロナの最中で、自分を忙しくするために作り始めたんだ。何もすることがなかったから(笑)。



―これまでと比べてリリックは内省的になり、トラックもダウナーな印象が強まりました。変化を引き起こした、最も象徴的な出来事は何ですか?

DB:俺の音楽の多くは、みんなにオルタナティブだと思われたり、時には変だと思われることもある。 中には奇妙であることのために奇妙でいる人もいるけど、俺の美学はそうではない。だから、この音楽はもう少しラウドで、オーガニックな楽器編成のような、もっとヘヴィなものにしたかったんだ。それだけだよ。長いあいだ同じことをやっていると、退屈になってしまう。だから、もっと自分に挑戦してみた、それだけなんだ。

―このアルバムはこれまでの作品と比べて、新しいものを取り入れる機会が多かったということでしょうか。

DB:そうだね。このアルバムの前にQティップと一緒に仕事をしていて(2019年の前作『uknowhatimsayin¿』)、そのスタイルに慣れてきていたから、彼から学んだことを次のプロジェクトに反映させたかったんだ。彼から学んだすべてを使った。



―その結果、制作のアプローチも変わりましたか?

DB:我慢強くなった。以前は、ありそうもない方法で成功させようと、とにかく急いで仕上げていた。 もう一度見直して完璧なものにしようとも思っていなかった。でも今はもっとコストをかけている。 俺はアイデアを書き留めるんだけど、それをまた見直して、可能な限り完璧なものに仕上げるように心掛けている。実はこれもQティップから学んだことのひとつなんだけど。「時間ならある。でも、世に一度出してしまったら、もう作り直すことはできない」ということを彼は教えてくれた。「世に送り出す前に、必要な愛情の全てを注ぎこむんだ」ってね。

―何度も聴き直しては、やり直すべきところはないか、確認作業にも時間と愛を費やしたということですね。

DB:ああ、そうだ。何度も元に戻っては、何か新しくリライト(書き直し)ができるかもしれない、と模索した。録音してはもう一度やり直すというようなことを何度も繰り返した。以前はただ曲を作って出す、それだけだったから。

―そのような制作過程を経て、得られたフィーリングはどんなものでしたか? 満足感のようなものはありましたか?

DB:いや、考えすぎてしまうんだ。オーバーシンキングだよ。作品と長く付き合うことで、自分の好きなものがわかってくるし。2週間で曲を作り上げて、出来上がったつもりになっていたのに、2年後にその曲をステージでパフォーマンスすることになって、「なんだこれ最悪じゃねーか」みたいなことになるかもしれない。だから、音楽と長い時間向き合って、世の中に出したいものがあるかどうかを見極めることができるようになったと思う。

―そういう意味ではパフォーマンスにもより自信が出てくるのでは?

DB:まったくもってそうだね。そうじゃなかったら、2年前はその曲が大好きだったのに、今はもうプレイすることすら嫌だ、と思っているかもしれない。自分はパフォーマンスしたくないのに、みんなが好きだからするみたいな状況もあり得たと思う。だから、自分の好きなことをするというつながりみたいなものを持てたことが大事なんだ。

―素晴らしい発見だと思います。しかし実際、飲酒を含め刺激を絶つことによって、音楽制作の面では苦労しませんでしたか? どのようにインスピレーションを獲得していったのでしょうか。

DB:それに関して言うと、実はそう(苦労すると)思っていた。でも思ったよりも(音楽制作が)より楽しくなってきた。以前、飲んでいたときは「早く終わらせて、酒を飲もう」みたいな感じだったかもしれない。でも今は、また音楽制作に恋してしまった感じだよ。楽しくて、そのプロセスをもっと楽しめるようになった。禁酒をしたら、以前ほどうまくやることはできないんじゃないかっていつも思っていた。でも違ったんだよ。俺は今、以前より上手くなっていると思う。

―お酒の力を借りないと良い作品はできないかもしれない、という不安があったということですか?

DB:そう、何かを失うかもしれないと思っていた。でも、結局のところ、それを悪化させていたのは自分自身だった。どちらかというと、自分が考えていた通りのことができたことに驚いているんだ。

―お酒の力を借りなくなったことで、インスピレーションを得るのにも今までと違いがあったのでは?

DB:自分が何のために音楽を作っているのかを理解したんだ。以前は飲酒やら何やらで、自分がどこかに迷い込んでしまったような感じだった。 でも今は、音楽が自分よりも長生きすることがわかっている。だから、今は音楽を作ることは、何よりも遺産を残すようなものなんだ。例えば、50年前に発売されたアルバムで、聴いたこともないし、聴く予定のないものもたくさんある。だから、時の試練に耐えうるものを作り、自分にとっての遺産を残せるようになりたい。今はそれだけしか考えていない。

―今作を作ることによって、あなたは治癒されたのでしょうか? あなたの精神面において今回のクリエイティブが与えた良い影響があったのなら知りたいです。

DB:そう、どちらかというとセラピーみたいなものだ。胸のつかえを取り去ることができると、いつも気分がよくなる。だから、俺にとって音楽はいつもセラピーみたいなものだった。友達には話せないようなことを音楽に込めたりしてね。だから、ストレスを吐き出すことで肩の荷が下りたような気分になる。それが音楽を建設的に使う方法なんだ。

―音楽を作ること自体があなたにとってセラピーとなったのですね。

DB:そうだね。本当に、会話の中でだけではできないようなことを吐き出すんだ。そう、ただ感じるんだ。(抱えている)物事について話すと気分が良くなるから。

―今作では「Hanami」など、とてもパーソナルな歌詞がありますね。そういう個人的なことをシェアすることを恐れないあなたの勇気に尊敬の念を抱きます。

DB:さっきも言ったように、この作品は俺にとってはセラピーみたいなものなんだ。自分の胸の内を吐き出して、それを音楽で表現することで気持ちが楽になるんだ。それと、ファンからのメッセージは、いつもやりがいを感じるし、ベターな気分にさせてくれるよ。俺たちは、ある意味、自分自身が人間らしくいることを許されていると思うんだ。 ラップ・ミュージックってのは、自分自身を美化しすぎたバージョンにしたいだけなんだよね。でかくて悪いスーパーヒーローみたいな。でも自分は、みんなと同じように普通の人間なんだよ。だから、みんなに「俺も同じようなことに悩んでいる」ってことを伝えたいんだ。

―JPEGMAFIAと『SCARING THE HOES』(2023年)を制作していた頃は、まさにどん底の状況だったのでしょうか?

DB:ただ楽しんでいただけだよ。だから、どん底だったとは言わない。もしそうだったら、もっと悲しい曲になっていただろうから。でもそうじゃなくて、ただ楽しんでジャムってただけなんだ。彼は友達だから。

―JPEGMAFIAは親友なんですよね。ポッドキャスト『The Danny Brown Show』にもゲスト出演してましたし。

DB:親友と仕事をするってそういうことなんだ。友達だから期待以上のこと、より多くのことができる。もし友達じゃない誰かとの作業だったら、凄くストレスを感じてたと思うし。でも、彼は俺の仲間だ。彼は理解してくれた。正直言って気楽だったよ。


Translated by Asami Kondo

 
 
 
 

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