OPNダニエル・ロパティンが語るポストロック再訪の真意、人間と機械と自分自身の境界

Photo by Andrew Strasser & Shawn Lovejoy / Joe Perri

 
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(Oneohtrix Point Never 以下、OPN)ことダニエル・ロパティンは、その作品を通じて断続的に自身の過去の記憶と向き合ってきた。サウンドガーデンなどのグランジ/オルタナを聴いていた思春期の記憶に触発された『Garden of Delete』(2015年)、幼少期にラジオから流れていたソフトロックに思いを馳せた『Magic Oneohtrix Point Never』(2020年)――そして、それらに続く「半自伝的トリロジー」の最終作と本人が位置づけているのが、最新作『Again』である。

このアルバムでロパティンが再訪しているのは、2000年代前半、彼が20歳前後に聴いていたというポストロックやグリッチミュージック。トリロジーの他二作と較べると、現在のOPNの音楽的テイストや価値観にもっとも直接的に繋がっている音楽だと言えるだろう。以下の本人の発言を読んでも、こうした音楽に今も思い入れが強いことが窺える。だからだろうか、『Again』はいつになく生き生きとしていて、ユーフォリックに感じられる瞬間さえあるのだ。

とはいえ無論、ロパティンはこのアルバムで単純に過去を懐かしんでいるわけではない。ジム・オルーク、シュ・シュ(Xiu Xiu)、ソニック・ユースのリー・ラナルドといった当時を象徴するアーティストたちをゲストに迎えつつ、過去の記憶と現在の自分が入り混じったような、どこか歪で美しいエレクトロニックミュージックを創出している。こうしたサウンドを生み出すにあたって、ロバート・エイムズ指揮によるノマド・アンサンブルや生成AIも重要な役割を果たしているのは、既に各所で報じられている通りだ。

日本でも『Again』リリース時にインタビューが何本か出ているので、今回の取材はアルバムに関するベーシックな質問は最小限にとどめ、一歩踏み込んだ質問をするように心掛けた。結果、アルバムのストレートなインタビューよりも、彼のアーティストとしての姿勢や音楽観、『Again』に込められた意図などが伝わってくるものになったと思う。とにかくロパティンは、多様な論点に対して縦横無尽に話しまくってくれた。是非これに目を通したうえで、『Again』のライブセットが世界初披露される2024年2月28日(水)六本木EXシアター、29日(木)梅田クラブクアトロでのスペシャルな来日公演に足を運んでもらいたい。




コンピュータミュージックにとってのルネサンス期

―『Again』は、OPNらしい奇妙さは感じられるものの、それと同時にユーフォリックで、生き生きとしていて、ときにエモーショナルでさえあると感じます。今回、2000年代前半のあなたの音楽観の形成に影響を与えた時期の音楽を振り返ったのは、現在41歳のあなたにとってどのような経験だったのでしょうか?

ダニエル:感銘を受けたね。当時自分が興味を抱いていた音楽が、どういうわけか……ああしたレコードのいくつかが、どれだけ良く歳月の流れに耐えてきたかに感心させられた。というのも、Raster-NotonやMille Plateauxといったヨーロッパのレーベル発のグリッチミュージックや、アメリカから登場したもっとポストロック寄りな音楽、たとえばKrankyやDrag Cityあたりが発表した音楽をたくさん聴いていたから。

で、なんというか、あの時期に興味を抱いたのは本当のところ、自分個人の成長云々だけではないんだ。僕からすればあれは、より新たな、非常に高度に進化したフォルムを備えたコンピュータミュージックの始まりの時期みたいなものだったし、かつ、あそこでピークに達したと思っていて。どうしてかと言えば、プラットフォーム等ではなく、少なくともDSP=デジタル信号処理の面においては、あれ以来大して変化していないと思うから。で、僕はいくつかのポイント、DSPシンセシスや物理モデル音源、グラニュラーシンセシスといったものに、音楽的にとても興味があってね。だからそれらはあのレコード(『Again』)にも使ったし、それこそ……自分の最初期のレコーディング音源にまでさかのぼって使ってきた。思うに、そうした面はあの頃以来、あまり変化していないんじゃないか、と。だからあれは、当時のテクノロジーのおかげで、ある類いのコンピュータミュージックにとってのルネサンス期になったと思うんだ。

―なるほど。

ダニエル:あの時期に発表された、本当に、本当に素晴らしい、でもいまだに不当に過小評価されているレコードはいくつもある。だから願わくは、今回こうして『Again』周辺の取材を受けたり、インタビューでそれらについての自分の考えをシェアするのを通じて、自分に実に大きなインパクトを与えてくれたそうしたレコードにいくらかでも光を当てられたらいいな、そう思っている。たとえばデンテル(Dntel)のレコードは大好きだったし、あと、僕にとって本当に重要なレコードとして、『The Disintegration Loops』(※ウィリアム・バシンスキ/2002〜03)がある――っていうか、実際のところ、あの作品はよく知られているよね、9.11の悲劇との関連性のおかげで。

―ですね。

ダニエル:だけどまあ、あれ以外の他のレコードと言えば、やっぱりちょっと見過ごされている感じだし……とにかくまあ、自分にとってあれはちょっとしたFUNだったんだ。ああしたレコードに立ち返り、そこからインスピレーションをもらい、そして……初めてレコーディング作品を作り始めた頃の自分がどんな人間だったか、そこを思い出すのを助けてもらう、みたいなことは。




―そもそも若き日のあなたは、今おっしゃっていたような音楽、ポストロックやアンビエントやグリッチーなIDMのどのようなところに惹かれたのでしょうか? テレビやラジオで普通に耳にする類いの音楽ではないですし、深くディグする必要があると思うのですが。

ダニエル:まあ、とても若い頃からずっと、音楽的な「アトモスフィア」にすごく興味があったからね。必ずしも音楽の中の「歌」の部分ではなく、そこに伴う「雰囲気」の面の方に。アトモスフィアには本当に強く惹きつけられたものだし、たとえば……そうだな、例を挙げると、ビートルズの「Revolution 9」だとか? 子供だった頃に、「Revolution 9」を耳にすると――父親が『White Album』をフルで流していて、あの曲が始まると――ビートルズは大好きだけど、いちばん好きなのはあの曲だな、と。

いや、もちろん、「ビートルズの音楽の中で好きなのは『Revolution 9』だけ」なんて言うつもりは毛頭ないし、そんなことを言うのはマジにクレイジーな話だよ。ただ、「Revolution 9」が聞こえてくると、自分の中の何かが、アンテナがピン!と立つというのかな。あの曲の持つ何かが心に本当に訴えかけてきて、引き込まれた。あのレコーディング音源に備わったサウンドスケープ調な資質がとにかく好きだったし、大きなインパクトを受けた。サウンドのいくつかの側面、たとえばシンセサイザーが大好きで、新奇で興味深いレコーディング技術も好きだった。だから、そういったルートに目を向け、関連事項を知り始めると――何かが気に入ったら、ひたすら深く、深く、どんどん掘り下げていくだけのことだしね。

で、そうした事柄に対して僕の抱いていた関心は、2000年代初頭に起きたあの、P2Pの音楽ファイル・シェアリングの大ブーム、たとえばSoulseekなんかと重なっていた、と。というわけで、以前だったら見つけ出すのが非常に難しい、というか聴くのすらままならなかった山ほどの多種多様な音楽に、突如簡単にアクセス可能になった。だから、そこらへんに対してもともと自分が抱いていた関心と、そういった事柄をどんどん掘り下げていけるようになった当時の状況とが、偶然重なったんだね。


Translated by Mariko Sakamoto

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE