ダニエル・ロッセン、グリズリー・ベア最重要人物の歩みと濃密な音楽世界

ダニエル・ロッセン(Photo by Amelia Bauer)

 
現行のトレンドとは関係ないところで、あるいは世代論や社会情勢の話を持ち出さなくとも、音楽それ自体の豊かさで屹立する作品が存在するということ。グリズリー・ベアのボーカリスト/ギタリストであるダニエル・ロッセン(Daniel Rossen)のソロ・デビュー・アルバム『You Belong There』を聴いた者は、そんな実感を抱くのではないだろうか。音楽に対する消費の量も速度も増している現代だからこそ、単体でじっくりと向き合いたいと感じさせる奥ゆきのある作品だからだ。



ただ、グリズリー・ベアはしばしばトレンドやシーンと接続して語られてきたバンドでもあった。そのなかでももっとも大きなものは、2000年代のブルックリン・シーンである。音楽的にオルタナティブな志向を持った(主には)インディ・ロック・バンドが多数登場し、批評的、ときにはセールス的にも存在感を見せたそのシーンは、21世紀はじめのUSインディ・ロックにおける幸福な季節として記憶しているひとも少なくないのではないだろうか。グリズリー・ベアもまさに、そんな賑わいのなかから現れた存在だった。

グリズリー・ベアは2000年代はじめごろから、ソングライターのエド・ドロステのソロ・プロジェクトとして始まっている。ドロステがひとりで制作し、のちにドラマーのクリストファー・ベアが加わって仕上げられたデビュー・アルバム『Horn of Plenty』(2004年)はローファイな録音によるサイケデリック・フォークの小品ではあったが、ドロステによる繊細なメロディやアコースティック・ギターの演奏のセンスは、のちのグリズリー・ベアに確実に繋がっているものだ。



だが、グリズリー・ベアがバンドとして確立したのは、何と言ってもWarpからのリリースとなった2ndアルバム『Yellow House 』(2006年)においてである。まずベーシストのクリス・テイラーが加わったのち、その友人だったダニエル・ロッセンが加入することになったが、バンドの音楽的なレベルを飛躍的に高めた立役者こそがロッセンだった。もともとジャズやクラシックの素養を持っていたロッセンが作曲、そしてアレンジメントに加わることで、管弦楽を取り入れた室内楽的なアプローチやジャズの要素がきわめてデリケートに織りこまれることとなったのだ。たとえばロッセンがリード・ヴォーカルを執ったシングル「On a Neck, On a Spit」における、細やかなギター演奏と大胆な構成のコントラストに彼が大きく貢献していることは間違いないだろう。この時期を代表する名曲だ。

ディスコ・パンク・バンドの!!!がすでにリリースしていたとはいえ、実験的なエレクトロニック・ミュージックのレーベルとして知られるWarpがサインしたインディ・ロック・バンドとしてグリズリー・ベアは大きな注目を集めた。何よりもその音楽性が、個性派揃いだったブルックリン・シーンにおいてなお、ひときわユニークだった。『Yellow House 』をきっかけとしてグリズリー・ベアはのちにレディオヘッドの北米ツアーのオープニング・アクトを務めているが、なかでもそのコンテンポラリー・ミュージック志向からジョニー・グリーンウッドの偏愛を受けていたエピソードは有名だ。



そして、そうしたグリズリー・ベアのロック・ミュージック以外の要素を増やし、無二のバンドであることを鮮やかに証明したのが3rdアルバム『Veckatimest 』(2009年)だ。ブラジル音楽風のギター演奏、まるでティンパニのように叩かれるドラム、ダイナミックにクレッシェンドするアンサンブルが強烈な印象を残すオープニング・ナンバーの「Southern Point」に顕著だが、いわゆるUS(インディ・)ロック・バンドにはほとんど見られなかった音楽的要素/アレンジメントが満載のアルバムなのだ。つまり、ロッセンの作曲家/編曲家としての才が全開になった作品だと言える。あるいはドロステがリード・ヴォーカルを執るシングル「Two Weeks」に代表される、ビーチ・ボーイズ直系のスウィートなコーラスを持ったサイケデリック・ロック路線もずいぶんと洗練されており、本作の完成度の高さはロッセンとドロステというふたりのソングライターの音楽的な志向が見事に融合した成果という見方もできるだろう。2009年は本作に加え、アニマル・コレクティヴ『Merriweather Post Pavilion』、ダーティ・プロジェクターズ『Bitte Orca』と、当時のブルックリン・シーンを代表するバンドたちがそれぞれのキャリア・ハイを刻むアルバムをリリースした年として記憶されることとなった。




その後のツアーで数多くこなしたライヴからの影響もあるのだろう。4枚目の『Shields』(2012年)は、こうしたグリズリー・ベアの個性を活かしつつ、あえてロック・バンドとしてのアンサンブルの迫力を押し出したような作風だ。シングルの「Sleeping Ute」や「Yet Again」のように、比較的シンプルなリズムとラフなタッチが残る録音で生々しさを醸し、ストレートにパワフルなアルバムとなった。繊細な楽曲のイメージの強いグリズリー・ベアのワイルドな側面は多くのリスナーを再び感嘆させ、『Veckatimest 』に負けず劣らず高く評価された。客観的に見て、Warpからのリリースとなった『Yellow House 』~『Shields』の3作がグリズリー・ベアのディスコグラフィにおけるハイライトと言えるのは間違いない。時代と並走しながら、後世に残る名作を連続でリリースしたのだから。



 
 
 
 

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