新たな胎動の予感? 各メディアの2021年の年間ベストから読み取れる時代の空気とは?

TikTok世代によるドラムンベースの再定義、ピンクパンサレス

そして、オリヴィア・ロドリゴ『Sour』はRolling StoneとBillboardで1位、The New York Timesではスタッフライター3人のランキングですべてトップ10入りするなど、主要な媒体が今年の顔として象徴的に取り上げることが多い。インディ系のPitchforkの21位、Stereogumで13位、ヒップホップ中心のComplexで15位と、トップ10入りは逃しているもの幅広い支持を獲得している印象だ。


トラップ全盛期のようにラップミュージックが非ヒップホップ専門メディアの年間ベストも席巻するような状況は落ち着いたが、そんな中でも最大公約数的な支持を集めたラップ作品はタイラー・ザ・クリエイター『Call Me If You Get Lost』だった。ヒップホップ系メディアのComplexでは堂々の1位。Pitchforkで3位、Rolling Stoneで4位、NPRで13位と高順位を連発している。他にもラップ作品ではマック・ホミー『プレイ・フォー・ハイチ』、ヴィンス・スタイプルスのセルフタイトル作など、いわゆる全米トップ40ものではなく、よりオルタナティヴな作品にスポットが当てられた。


今年はイギリスの若手に注目が集まっているのもひとつの傾向だろう。サウスロンドンのバンドシーンからはドライ・クリーニング『New Long Leg』とブラック・カントリー・ニュー・ロード『For The First Time』が複数の媒体でランクイン。特にドライ・クリーニングは本国イギリスのRough Tradeで1位を獲得しただけでなく、アメリカのPitchforkで10位、Rolling Stoneでも24位と、国境を越えた支持を得た。そして、西ロンドン出身のアーロ・パークスのデビュー作『Collapsed In Sunbeams』もBBC Radio 6 MusicとRough Tradeで2位、NPRで8位、Rolling Stoneで19位とワールドワイドな評価を獲得。



イギリス勢はこの辺りまでは前評判通りの結果だが、予想以上に多くの媒体でランクインを果たしたのが英バース出身のピンクパンサレスによる初ミックステープ『to hell with it』ではないだろうか。3位に選んだTimeは「未来のサウンド」、12位に選んだRolling Stoneは「2021年最高の驚きのひとつ」と絶賛。TikTok世代によるドラムンベースの再定義は、海を越えたアメリカでもフレッシュな新世代の声として受け入れられた。


これまで取り上げた以外では、インディではウェザー・ステーションやジャパニーズ・ブレックファスト、R&Bではジャズミン・サリヴァン、電子音楽/ジャズではフローティング・ポイントとファラオ・サンダースと論同交響楽団のコラボ作、そしてナイジェリア出身のテムズなど、各ジャンルの然るべき作品が然るべき評価を受けているという印象だ。

前言したように、2021年は過去数年でもっとも「中心を欠いたバラバラな状態」かもしれない。しかし、各ジャンルや地域から充実した傑作は多数生まれており、オリヴィア・ロドリゴからピンクパンサレスまで新世代の新しい感性は生き生きと躍動している。先を見通せない時代の中、だが確かに新しい胎動はそこかしこから感じられる――それが2021年の年間ベストから読み取れる時代のムードなのかもしれない。

【関連記事】田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」
【関連記事】グラミー賞は「おかしい」のか? 確かに存在する現実として受け取るべきか?

Edited by The Sign Magazine

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE