シャーデーとAC/DCの間には共通点がある。両者とも、ひとつの曲に別タイトルをつけているのではないかと思わせるほど、お家芸のサウンドを焼き直し続けることで、輝かしいキャリアを築いてきた。両者とも、新作が出るまで何年もかかり、前のアルバムと同じ音楽性の作品を発表する。
 表舞台に立っていない時の彼女は、いったいどこにいるのか、誰も知る者はいない。島でも所有しているのだろうか? だが、彼女は毎回アングロ・ソウルの艶っぽいラヴ・ソングを引き連れて帰ってくる。彼女は愛の苦悩について歌うが、私生活や本性をさらすことはない。1985年に彼女が「スムース・オペレーター」のPVで初登場を果たした時、気品のある頬骨に大粒の涙をつたわせていた。それでも彼女は冷静さを失うことはなかった。シャーデーに比べれば、ほかの歌手たちは哀れで神経過敏な悲劇のヒロイン程度にしか見えなかったのだ。
 本作は『ラヴァーズ・ロック』以来10年ぶりとなる作品で、その8年前に発表されたのが『ラヴ・デラックス』だった。値の張るソファで号泣するのには最適な、しっとりとメランコリックで、精緻な美を湛えたR&Bアルバムだ。2000年代を過ごしてきた同ジャンルのヒットメーカーたちのなかで、彼女は最も長いキャリアのある人物になったわけだが、彼女の凄味はサウンドが変わらない点にある。官能的なトーンで失恋を綴り、セクシーな図書館司書のごとき囁きでもって歌い、きわめてイギリス人的な抑制を利かせる。
 極上のタイトル・トラックでは、クール・モー・ディーが88年に発表したヒット曲「Wild Wild West」のフックに乗せ、失恋でひどい痛手を負った心をバラード調の曲で歌う。彼女の艶めかしく、くぐもった声は例によって胸に迫ってくるような痛みを帯びている。リズムが緊迫感を作りだすが、張りつめた糸が切れることはなく、決して訪れないクライマックスの手前でじらし続ける。これぞ古典的シャーデー節である。彼女はあくまで冷静さを失わない。
 本作では、スローな歌声に合ったレゲエ調のメロディが特徴的な「モーニング・バード」「ブリング・ミー・ホーム」「スキン」など、アルバムを通してメロウな空気が保たれている。25年間、参加ミュージシャンの顔ぶれが変わらない点も、彼女にまつわるミステリーのひとつ。誰もあえて言及する者はいないが、シンガーとしてのシャーデーのみならず、バンドとしてのシャーデーも、同じライトなタッチで、曲から曲へと微妙なフローでグルーヴが引き継がれていく。ただ唯一、場違いな感じを与えるのは、「ベイビーファーザー」だ。楽しげなタイトルは言うまでもなく、いつになく明るいメロディにはそぐわない、家庭の不和をテーマにした歌詞が用意されている。
 51歳になった今、シャーデーの神秘性は深まるばかりである。それこそがスムース・オペレーターの真髄なのだ。

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