追悼トム・ヴァーレイン テレヴィジョンを率いたNYパンク先駆者の軌跡

トム・ヴァーレイン(Photo by REDFERNS)

1月28日に73歳で亡くなった、テレヴィジョンのトム・ヴァーレイン(Tom Verlaine)を追悼。NYパンクの象徴的バンドを率いたシンガー兼ギタリストの歩みを振り返る。

パティ・スミスの娘であるジェシー・パリス・スミスは、ヴァーレインが「短い闘病生活」を経て死亡したことをローリングストーン誌に認めた。「彼はニューヨークで、親しい友人たちに囲まれながら安らかに息を引き取りました。彼のビジョンと想像力は惜しまれることになるでしょう」とスミスは綴っている。

また、パティ・スミスはInstagramに彼女とヴァーレインの写真を掲載し、「これは、すべてが可能と思えた瞬間/さよならトム、オメガの彼方へ」と追悼文を寄せている。



トーマス・ミラーとして生まれたヴァーレイン(この苗字はフランスの詩人、ポール・ヴァーレインに由来)はパンクのアイコン、リチャード・ヘルと高校の同級生だった。パンクの黎明期にマンハッタンのローワーイーストサイドにやってきたヴァーレインとヘルは、短命に終わった前進バンドのネオン・ボーイズを経て、1973年にギタリストのリチャード・ロイドと共同でテレビジョンを結成する。

ヴァーレインとテレヴィジョンは、CBGBやマクシズ・カンザス・シティといった伝説的ライブハウスで、トップ・アクトとしてそのサウンドに磨きをかけた。パティ・スミス(かつてヴァーレインのギター・サウンドを「1000羽の青い鳥の鳴き声」と喩えた)は初期テレヴィジョンが1974年に開催したライブを観客として目撃しており、翌年にパティ・スミス・グループとしてCBGBデビューを飾った際にはテレヴィジョンと共演している。




ヘルはまもなくテレヴィジョンを脱退し、ハートブレイカーズを結成。ヴァーレインとロイドのコンビは、パンクのリフとジャズのインタープレイを融合させたギター・サウンドを展開した。1975年にシングル「Little Johnny Jewel」でレコードデビューしたあと、バンドの代表作にして、パンク時代の最高傑作のひとつである『Marquee Moon』を発表した(ローリングストーン誌は当時のレビューで、ブロンディやラモーンズといったCBGBのバンドが1977年にリリースした一連の作品のなかでも「最も面白く、大胆で、なおかつ不穏」であると評している)。

さらに、ローリングストーン紙は「歴代最高のアルバム500選」の第107位に『Marquee Moon』を選出。「パンク黎明期のニューヨークにテレヴィジョンが現れたとき、彼らはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのノワールな呻き声、聡明なアートロック、クイックシルバー・メッセンジャー・サービスによるギター彫刻などを取り込み、不調和で舞い上がるようなジャンルのアマルガム(混合物)を演奏した」と同作を評し、さらにこう続けている。

「ラモーンズのデビュー作が残忍なまでにシンプルであったのに対し、『Marquee Moon』はその叙情的な野心に満ちたサウンドで、いまも驚きを与えてくれる。『Friction』と『Venus』、そして強大なタイトルトラックは、ギザギザで切迫感がありながら、同時に美しくもある。パンクの資質としては、トム・ヴァーレインの声とソングライティングにおける謎めいた興奮と息の詰まるような実存主義を忘れてはならない。

Translated by Rolling Stone Japan

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