ホセ・ジェイムズ、エリカ・バドゥを語る「ここ25年のジャズにとって最重要人物」

左からホセ・ジェイムズ、エリカ・バドゥ(Photo by Janette Beckman; Raymond Boyd/Getty Images)

現代ジャズをリードするボーカリスト、ホセ・ジェイムズ(José James)の最新作『On & On』はエリカ・バドゥの代表曲に独自の解釈を施したトリビュート・アルバム。鍵盤奏者のBIGYUKI、ベン・ウィリアムス(Ba)とジャリス・ヨークリー(Dr)からなるリズムセクションに加えて、ホセがフックアップする新進気鋭の女性サックス奏者、エバン・ドーシーとダイアナ・ジャバールが参加した本作を掘り下げるべく、ジャズ評論家・柳樂光隆がインタビュー。

ネオソウルの話になると、どうしてもディアンジェロやJ・ディラ、クエストラヴ、ピノ・パラディーノらが生み出したサウンドに焦点が当たることが多い。ただ、エリカ・バドゥの魅力について考えるとなれば、ソウルクエリアンズの文脈はもちろん重要だが、それだけを軸に捉えるとしっくりこないところがある。

エリカの作品を改めて聴き直すと、『Live』(1997年)はマイルス・デイヴィス「So What」の引用から始まって(「Rimshot (Intro)」)、想像以上にジャジーなサウンドだ。リズムにもスウィングのフィールがあるし、アップライトベースのサウンドも印象的で、ジャジーR&Bもしくはジャジーソウルと呼んでも違和感がないほど。そのジャズ成分多めの音作りは、『Live』に先駆けて発表された1stアルバム『Baduizm』(1997年)でも採用されている。そこではデビュー当時、エリカがメディアからビリー・ホリデイに喩えられたのもあながち的外れとは言えないような、ジャズ・シンガー・テイストの歌唱もところどころで聴こえてくる。エリカはその後の作品でも、ロイ・エアーズとコラボしたり、ドナルド・バードをサンプリングしたり、ジャズとの接点をいくつも持ち続けてきた。



そういえば、ロバート・グラスパーは『Black Radio』(2012年)の先行シングルに、ジョン・コルトレーン由来でジャズのイメージが強い名曲「Afro Blue」のカバーを敢えて選び、それをエリカ・バドゥに歌わせたことで大きな成功を収めている。エリカの初期作におけるジャズ志向を考えると、かなりしっくりくる起用ではないだろうか。グラスパーはその後も、マイルス・デイヴィスを扱った映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』の音楽を手掛けた際にもエリカを起用しているし、彼女にマイルスの「Maiysha(So Long)」のリメイク曲を歌わせてもいる。グラスパーはジャズの歴史を意識した曲になると、エリカ・バドゥにいつも頼ってきたのだ。

こういった文脈を踏まえることで、ホセ・ジェイムズが最新アルバム『On&On』で、エリカの楽曲をカバーすることの根拠の一端が見えてくるはずだ。ここでは選曲にも、アレンジにも、歌唱にも、ホセがエリカを丹念に研究した跡がはっきりと感じられるし、彼女を取り上げた理由がその端々から聴こえてくる。『On&On』はまるで、ジャズ・ミュージシャンがエリカのジャズ性を批評的に炙り出したような作品だ。その成果については、ホセ自身にたっぷり語ってもらうことにしよう。





「ヒップホップを理解するジャズ・シンガー」の先駆け

―なぜエリカ・バドゥを取り上げたのでしょうか?

ホセ:エリカ・バドゥはここ25年のコンテンポラリー・ジャズにとって最重要人物だと思ってるから。ボーカリストとしてだけでなく、パフォーマーとしてもソングライターとしても本当に素晴らしい。それにロバート・グラスパー、サンダーキャット、テラス・マーティンといったミュージシャン兼プロデューサーたちに与えた影響も大きい。ここまで様々な側面でジャズに影響を与えた人物は他にいないんじゃないかな。

―たしかに。

ホセ:僕はシーンの一員としての立場からジャズの未来を考えた上で、ボーカリストはそれぞれの時代のスタンダードを歌っていくことが重要だと思っているんだ。だったら、次のスタンダードって意味でもエリカを歌うべきなんじゃないかってアイデアが頭に浮かんだんだよね。


ホセ・ジェイムズ『On & On』、ステージで生披露

―エリカの音楽と出会った頃の話を聞かせてもらえますか?

ホセ:みんなと一緒だと思うけど、25年くらい前に『Baduizm』を聴いて衝撃を受けたよね。彼女がすごいのはシーンに登場した時点で、スタイルもコンセプトも完成されていたこと。そして、自身のルーツでもある過去の音楽に根差しながらも常に前を向いていた。彼女の音楽はブルース、ゴスベル、リズム&ブルース、ジャズなど、黒人音楽がすべて入っているハイブリッドなものだった。しかも、当時から25年が過ぎても、その時間の経過に耐えうる強度を持っている。

それに改めて聴き返してみると、『Baduizm』の頃の彼女の音楽はすごくジャズだったなって感じたんだ。例えば、当初の彼女の音楽にはかなりアップライトベースが使われている。彼女はジャズって音楽をモダンかつクールに表現して、僕も含めた多くの人々に「ジャズを自由に受け取ってもいい」って許可証みたいなものを与えてくれていたように感じるんだ。

―たしかに、エリカの初期作はジャズのフィーリングがかなりありますよね。『Live』ではマイルス・デイヴィス「So What」の引用から始まっていたように、直接的にジャズをやっていたりもします。

ホセ:実はBIGYUKIにとって、あのライブ盤はバークリー音大生時代のバイブルだったらしい。あのアルバムをかなり聴き込んだと言っていたよ。

そもそもエリカ・バドゥの周りにはジェイムス・ポイザー、ロイ・ハーグローヴに代表されるようなジャズの感性を持ったミュージシャンが揃っていた。だから、リズムにもハーモニーにもジャズの感覚がかなり入っている。それに、エリカ自身がとても耳がいいシンガーだと思う。ビリー・ホリデイと同じようにね。ミュージシャンたちがどんなに複雑なコード進行で演奏したり、複雑なコードを乗せたりしても、そのなかで巧みに彼らを操縦していけるような感覚を彼女は持っていた。

「Out of Mind, Just in Time」や「On &On」を聴くと、そもそも彼女の曲は普通のR&Bのメロディとは異なるものなんだよね。そのメロディを彼女は鋭角的に歌ったり、リズミックに歌ったりする。まるで管楽器奏者のように歌っていることがかなり多い。そこが彼女のユニークさだと思うよ。




―ボーカリストとして、かなり個性的ですよね。

ホセ:エリカは複雑さやパワーを併せ持っているシンガーだね。トランペット奏者のようにパンチのある歌も歌うし、レスター・ヤングのサックスのようにレイドバックした表現もできる。そして、彼女はリズム的にすごくフレキシブル。彼女の歌は一聴しただけだとシンプルで簡単そうなんだけど、バックのものすごく複雑な演奏にマッチするだけのフレーズを紡いでいるんだよ。それはビリー・ホリデイにも通じるし、フランク・シナトラもそういうタイプだったと思う。リズムとマッチするようなフレージングで、もはやバンドが要らなくなるくらいにリズミックな歌なんだよね。

「On&On」なんてまさにそう。“oh, on and on and on and on. Woo, on and on and on and on”ってところの彼女が加えるOhやWooって言葉には、ものすごいリズムの情報量がある。彼女の歌だったら、その下には何があろうが音楽は成立してしまう。彼女がリズムの上を漂ってフロウしているだけだと思う人もいるかもしれないけど、彼女はラッパーみたいな感覚でリズムにチャレンジしているんだよね。「ヒップホップを理解しているジャズ・シンガー」という意味でも、エリカみたいな人はジャズ・シーンには存在しなかった。そして、当時は彼女の歌をきちんと理解したうえで歌える人もなかなかいなかったと思うよ。彼女の歌はジャズだけじゃなくて、ヒップホップの要素があったわけだから。もしロバート・グラスパーがピアニストじゃなくてシンガーだったら、エリカみたいなことができたんだろうなって思う。


Photo by Janette Beckman

―そう考えるとホセ・ジェイムズが登場したとき、僕らは「ジャズとヒップホップの両方を理解しているジャズ・ボーカリストがついに出てきた」と思ったわけで、あなたがエリカの歌にチェレンジするのは自然なことだと感じますね。あなたは今までヒップホップもジャズも共存した音楽をやってきたし、それにフィットする歌を歌ってきました。過去の曲のなかで「エリカ的な歌い方」に通じる曲はありますか?

ホセ:『Blackmagic』(2010年)でフライング・ロータスが制作してくれた「Code」「Blackmagic」「Made For Love」がそれにあたるね。あと、「Love Coversation」(テイラー・マクファーリンがプロデュース)は、もともとエリカに向けて書かれた曲だったらしいから、これも該当すると思う。

『No Beginning No End』(2013年)の「It’s All Over Your Body」を聴くと、僕がトランペット的なフレージングで歌っているのがわかると思う。それにあの曲にはピノ・パラディーノやクリス・デイヴ、ラッセル・エレヴァードも関わっているから、その部分でもエリカと繋がるよね。



Translated by Kyoko Maruyama

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