スティーヴ・レイシーが体現するクィアなZ世代らしさ、TikTokヒットが生み出す新たな問題

スティーヴ・レイシー(Photo by Paul CHARBIT/Gamma-Rapho via Getty Images)

 
スティーヴ・レイシー(Steve Lacy)の躍進は、2022年最大のハイライトのひとつだろう。「Bad Habit」はまさかの全米シングル・チャート3週連続1位を達成。第65回グラミー賞では4部門にノミネートされ、Z世代を代表するアーティストとなった彼について、Z世代ライターの竹田ダニエルに解説してもらった。

2022年、最も話題になった音楽関連のニュースの一つに、スティーヴ・レイシーの最新アルバム『Gemini Rights』のリードシングル「Bad Habit」がBillboard Hot 100の1位を獲得したことが挙げられる。この出来事は、SNSの発展によって生まれた新たな音楽とネットの関係性を浮き彫りにした。

スティーヴ・レイシーは98年生まれの24歳で、クィア(バイセクシュアル)の黒人男性。LGBTQへの差別、そして黒人への人種差別がいまだに根強いアメリカ社会において、周りから押し付けられる「こうあるべき」という枠組みに抵抗し、音楽やファッションを通して常に新しいものを生み出している彼に、Z世代をはじめとした若者たちが共感し、熱狂しているのだ。そういう意味では新たな音楽シーンを生み出す、パイオニア的な存在と言っても過言ではない。「Bad Habit」がTikTokで大ブームとなったことで「新人アーティスト」として注目されているようだが、若い頃からiPhoneで楽曲制作してきた彼は、18歳のときに自身のバンド、ジ・インターネットでグラミー賞にノミネートされており、ケンドリック・ラマー、タイラー・ザ・クリエイター、ソランジュといった大物たちの楽曲にも携わってきた。

SNSで常につながっていて、好きな人に対して潜在的なイメージを持たせるためにインスタの投稿を細かく計算していたり、Twitterのいいね欄をチェックしたり、人間関係もいつでも把握できてしまう。そんな情報社会に生きる若者にとって、リアルの世界こそがフェイクなものになりつつある。今までみたいに純粋なデートを重ねて付き合うこともマッチングアプリなどの発展によって難しくなり、好きな相手が何人と付き合っているのか、相手は自分だけじゃないかもしれないという不安など、現代特有の恋愛の悩みを若い世代は抱えている。だからこそ、リアルであること、オープンであること、気持ちを曝け出すことに対して大きな恐怖を抱えている。スティーヴの「Bad Habit」は、そんなふうにZ世代の抱える「恐怖」を赤裸々に語り、日記を読むような感覚で代弁する。



この曲がTikTokに適していた点として、イントロからサビに入る構成、どんな景色や状況にもマッチする(ジ・インターネットでも得意としてきた)スタイリッシュさ、どことなくノスタルジックでビンテージな質感、曲の中で何度も目まぐるしく変わる曲調やビートが挙げられる。さらに、“I bite my tongue, it’s a bad habit”(舌を噛むのは〈本心が言えないのは〉、僕の悪い癖)“Can I bite your tongue like my bad habit?”(自分の悪い癖のように、君の舌を噛んでもいい?〈キスしてもいい?〉)と、曲の途中で歌詞がリンクするのも非常に気持ちいい。

脳内にこびりつくようにキャッチーなメロディなのに、通常ラジオでプッシュされるようなポップスターの単調なヒット曲に比べて、「Bad Habit」の曲構成やストーリーテリングは実にトリッキーで、ボーカルのレイヤーやトラックからもオルタナティブな実験性が感じられる。



さらに、例えば『Gemini Rights』の冒頭を飾る「Static」では、出だしからドラッグやバイセクシュアルであることなど、背景のストーリーをごく自然で当たり前のこととして歌詞で吐き出している。自分を愛することを否定する社会で生きるクィアな若者たちにとって、失恋などの普遍的なテーマをクィアな視点から歌い上げるアーティストは心に寄り添い、人生のサウンドトラックを作ってくれる大切な存在だ。自分を愛することが難しくても、せめて自分と同じような経験をしていることを音楽を通して知ることができる。つまり、一人ではないという安心感が孤独の解消につながるのだ。

 
 
 
 

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