スプーン×エイドリアン・シャーウッド対談 ダブ・ミックスの深い歴史を語り合う

左からブリット・ダニエル、エイドリアン・シャーウッド(Photo by OLIVER HALFIN, HARRY BORDEN)

 
ブリット・ダニエル率いるスプーン(Spoon)の最新アルバム『Lucifer on the Sofa』を、On-U Sound総帥エイドリアン・シャーウッドが丸ごと再構築。後者にとってプライマル・スクリームの『Echo Dek』以来となるロック・バンドの全面的ダブワイズ作品『Lucifer on the Moon』の日本盤がリリースされた。この異色コラボの内幕、ダブとロックの関係史について両者が語り合った。

ガジェット好きとして知られるスプーンのブリット・ダニエルは、スタジオで起きる音の魔術に夢中だった。当然の成り行きとして、テキサス州オースティン出身のインディーロック・バンド、スプーンは四半世紀に渡り魅力あふれるオリジナリティー豊かな音楽を作り続けてきた。しかし10枚目のアルバム『Lucifer on the Sofa』で、ブリットは従来の路線を離れ、ボーカルとリズムギターを核とする音楽を追求した。その結果、『Lucifer on the Sofa』はスプーンを代表するロックンロールの名盤となった。

一方で『Lucifer on the Sofa』のシンプルなギターリフの下には、過去の作品とはまた違った魅力あふれる斬新な音楽が埋もれてしまうこととなった。アルバムが完成して間もなくバンドは、ダブの世界で名の知れたプロデューサーのエイドリアン・シャーウッドに、アルバムに収録された数曲のリミックスを依頼した。仕上がりに満足した彼らは、アルバム全体の再構築を決断し、その名も『Lucifer On the Moon』とタイトルが付けられた。

「オリジナルのアルバムは、あからさまに“スタジオで作りました”という感じだったから、エイドリアンと一緒にコラボできて本当によかった」とブリットは語る。

「こんなにもメロディックな作品は経験がなかったので、彼らの音楽に関われてとても楽しかった」とエイドリアンも返す。「私自身もそうだが、誰でも自分のコンフォートゾーンに留まり続けるのは良いことではない。彼らの作品が、私をゾーンから引っ張り出してくれたのは間違いないね」



リミックスによって作品が化けることもある。ひとつは、商魂たくましい販売戦略だ。「アルバムが出来上がっても、B面コレクションや別バージョン、リミックス版などをレーベルやその他の人間が欲しいと思うまでは、リリースできない」とブリットは苦笑する。

一方で、大きな可能性を秘めた素晴らしい作品に変わることもある。スプーンがいつもリミックスにこだわるのは、業界の貪欲なモンスターに求められるからではなく、元々の作品が繊細に作り込まれているからでもある。ブリット曰く、スプーンがエイドリアンにアプローチした理由は、音楽ソフトでお決まりのリミックスを量産するような人間は避けたかったからだという。「人の手でテープを継ぎ接ぎしながら、エコーボックスなんかを使って作り上げるスタンスが一番大切だ。僕らは、もっと手作り感を出せる人を求めていた」

バンドの希望を叶えるためにエイドリアンは、オリジナルのマルチトラックのレコーディング素材から、リズムをひっくり返したり、楽器を編集したり、ボーカルを切り刻んだりした。時には、ギタリストのジェラルド・ラリオスが「The Devil and Mr. Jones」のレコーディング中にスペイン語でおしゃべりする声など、お宝を発掘することもあった。エイドリアンはまた、メロディカなどの新しい要素をふんだんに盛り込んだ。さらに、自身が主宰するOn-U Soundのセッションプレーヤーとして長く活躍するベーシストのダグ・ウィンビッシュとドラマーのキース・ルブランに、全てのリズムトラックを再構築してもらった。

「難しかったのは、セクシーなグルーヴを損なわないようにすること。上手い言葉が見つからないが、楽曲のメロディーを活かしつつ、新たな風を吹き込みたかった。それが私の課題だった」とエイドリアンは言い、さらに「元々とてもウィットに富んだ曲に、ちょっとしたキャラクターと魅力を加えたいと思った。ブリットの曲の多くは、ユーモアに溢れている。そこへ何かを加えてオリジナリティを出したかったのさ」と続けた。

結果的に『Lucifer On the Moon』は、オリジナルに匹敵する魅力ある印象的な仕上がりになった。ただし方向性は全く異なり、ジャンルとしては伝統的なダブやロック・クロスオーバーの方が近い。セッションバンドのイージー・スター・オールスターズがピンク・フロイドをカバーしたアルバム『Dub Side of the Moon』(2003年)を彷彿させる。

ローリングストーン誌のインタビューで、ブリットとエイドリアンが『Lucifer On the Moon』の制作秘話や作品の魅力について、たっぷり語ってくれた。さらに、エイドリアンが過去に手掛けた作品を含むダブ・ミックスの名盤や、「ロック寄り」のダブ曲なども話題に上った。



「The Devil and Mr. Jones」上がオリジナル、下がエイドリアンのダブ・バージョン


ーブリットにお伺いします。エイドリアンが最初に手掛けたリミックスを聴いた時は、どんなリアクションでしたか?

ブリット:最初にリミックスを依頼したのは「The Devil and Mr. Jones」と「Astral Jacket」の2曲だったが、完全にぶっ飛んだ。友だちが運転する車のバックシートで、大音量で曲をかけながらオースティンの街をドライブしたよ。まだコロナの影響が残っている時期で、街中をドライブするぐらいしかやることがなかった。車の中で何度も繰り返し聴いたよ。バンドのメンバーにも「聴いてみろよ。全く信じられないぜ!」と曲を共有した。エイドリアンには、どれだけ衝撃的だったかを伝えた。正に期待通りの仕上がりだった。「他の作品もやってもらえますか?」と僕が頼んだか、それともあなたの方から提案してくれたんでしたっけ?

エイドリアン:確か私からだったと思う。仲間やスタッフに「自分なら素晴らしいものに仕上げられる」と言う程に確信があった。いい仕事ができる自信がなければ引き受けない。でも今回は個人的に嬉しいこともあった。まずは私のガールフレンドが、作品を本当に気に入ってくれたこと。それだけではない。普段はスプーンなど聴かないような、例えばレゲエの狭い世界に閉じこもっているような連中が、揃って作品を気に入ってくれた。本当にやって良かったと思った。

Translated by Smokva Tokyo

 
 
 
 

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