テデスキ・トラックス・バンドが語る4部作の裏側、村上春樹の助言、夫婦とメンバーの絆

デレク・トラックスとスーザン・テデスキ夫妻(Photo by David McClister)

当代一の名スライド・ギタリスト、デレク・トラックスと歌手/ギタリストのスーザン・テデスキ夫妻が率いるテデスキ・トラックス・バンド(Tedeschi Trucks Band、以下TTB)。ホーン・セクションも含む12人編成の大所帯で、ブルーズとサザン・ソウルの影響濃いロックをジャズの即興性もたっぷりに演奏する圧倒的なパフォーマンスで知られるだけに、コロナ禍でライブ活動停止を余儀なくされた2年間はとても困難な時期だったはず。だが、彼らはその時間を利用して、野心的なプロジェクトに取り組み、アルバム4枚、全24曲にして、ひとつの作品となる大作のニュー・アルバム『アイ・アム・ザ・ムーン』を完成させた。

去る6月中旬に、スーザン・テデスキにZoomでインタヴューし、その新作について話を聞いた。

6月から8月にかけて順次発売された「I. クレッセント」「II. アセンション」「III ザ・フォール」「IV . フェアウェル」のアルバム4枚から成る『アイ・アム・ザ・ムーン』は、12世紀のペルシア人の詩人、ニザーミー・ギャンジャヴィーが詠んだ物語詩「ライラとマジュヌーン」にインスピレーションを受けたプロジェクトだ。そう、その詩はエリック・クラプトン/デレク&ザ・ドミノズの1970年の歴史的名盤『いとしのレイラ』のインスピレーションともなった悲恋物語である。TTBはその『いとしのレイラ』を全曲再演した2019年録音のライブ・アルバム『レイラ・リヴィジテッド』を昨年発表している。

『アイ・アム・ザ・ムーン』は、その物語詩のミュージカル化のようなものではなく、『レイラ』が愛する女性への報われぬ愛を激白するばかりで、歌い手の視点しかないのに対し、対象のライラをはじめ、その悲恋物語に登場する人びとそれぞれの異なった視点で曲を書いてみようというコンセプトで作られた。メンバーが競ってソングライティングに励んだ結果、アルバム4枚分もの曲が生まれたのである。


スーザン・テデスキ(Photo by David McClister)


4部作と村上春樹の助言

―デレク&ザ・ドミノズのアルバム『いとしのレイラ』と同い歳なんですって?

スーザン:私はそのアルバムが発売されたのと同じ日に生まれたの。1970年11月9日にね (笑)。

―そして、デレクという名前の男と結婚した!

スーザン:そう、私の夫はデレク&ザ・ドミノズにちなんで名前をつけられたの。



―あなたはあのアルバムを千回以上は聴いてきたでしょうし、TTBのコンサートでも、その収録曲を頻繁に歌っています。これまで、あのアルバムに、同じ女性であるレイラ側からの視点がないという事実に気づかなかったのですか?

スーザン:[歌手でソングライターのメンバー]マイク(・マディソン)が言い出すまで気づかなかった。正直言ってそのことを考えたことはなかった。私はミュージシャンとして、常にその曲を自分らしく解釈する。男性の視点で書かれた曲でも、自分の視点で歌う。だから、そう考えたことがなかったのね。その事実を指摘されて初めて、ああ、その通りだわ、と思った。そして、彼女の視点だけにとどまらず、彼らの関係に影響される回りのみんな、両親、友だち、仲間の視点も借りてみるというコンセプトを興味深いと思ったの。

―マイクの提案をあなたとデレクは受けて立ったわけですが、コロナ禍で通常の活動ができない特殊な状況だったからこそ、それまでとは異なったことに挑戦しようと、特別な題材を探していたのでしょうか?

スーザン:自分たちがソングライターとして、アーティストとして活動的でいられるように努めていただけだと思う。異なった何かをしようとどれほど意識していたかはわからない。ごく自然にそうなったというだけね。このプロジェクトに曲を書き始めると、現実世界で起きていることに符号するところがあるとわかった。例えば、ある時点でライラは塔に連れて行かれて監禁され、マジュヌーンに会えなくなる。彼女は隔離されてしまうの。そして私たちはコロナ禍で自宅に隔離されていた(笑)。

そして本当に興味深いと思ったのは、このプロジェクトは単にひとつの見方だけじゃなく、もっと世界観を提示するようなもので、世界の新たな見方を訴えている。だから、ソングライティングも見直すことになった。お互いに耳を傾け、異なったアイデアも受け入れられるように心を常に開き、曲がもっとオーガニックに生まれるように取り組んだの。

でも、過去の作品とどのくらい異なるものになったかを知ったのは、どれほどたくさんの曲ができたかを理解し、そこにどれだけ素晴らしい曲があるかを知ってからね。そして、それらをただまとめるだけでなく、物語を語りたかった。ライラと彼女の視点という元々のコンセプトがあったけど、同時に、それよりももっと大きなものになっていた。恋におちて、素晴らしいことがおきて、それが引き裂かれ、絶望的にもなり……と激しい感情の動きを経験する物語は、何人ものソングライターのいるバンドにふさわしいと思えた。同じ題材でも異なったところからやってきた人たちがそれぞれに描くわけだから。


「IV . フェアウェル」のリード・トラック「ソウル・スウィート・ソング」

―これまでにも、ソングライティングに際して、詩とか小説とかにインスピレーションを求めることはありました?

スーザン:インスピレーションにはいろんな種類がある。自分自身の体験のこともあれば、読んだ本が影響を与えるかもしれない。私がよくインスピレーションを受けるのは、世の中で起きている出来事だけどね。実は、父が村上春樹の友人だという友だちと話をしたら、どうにかして村上さんが私たちのプロジェクトの話を聞きつけた。あの物語に異なった見方で取り組んでいると知って、メッセージを送ってくれたの。死後の主人公たちからという見方はどうだろう。墓に語りかけるとか、ライラとマジュヌーンが天上界にいるとか。とてもおもしろいと思ったし、それがまた私の想像力をかきたて、たくさんの異なるアイデアをくれた。彼は素晴らしい作家よね。

―へえ、びっくりする話ですね。村上春樹は若い頃に米国の現代文学に大きな影響を受けて、独特の日本語の文体を作っていった。他の文化から学んで、自分の文化に適合させていったという点では、あなたたちの音楽とも共通していると言えますね。

スーザン:ええ、私たちがやっていることもまさにそう。自分たちのいる箱の外側に出て、考えてみるってことね。自分たちの規範からあえてはみ出してみる。そして何か新しいやり方で語ってみるのね。

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