ホット・チップが語る停滞期の克服、ビースティ・ボーイズとハリー・スタイルズへの共感

ホット・チップ(Photo by Pooneh Ghana)

 
ホット・チップ(Hot Chip)の前作『A Bath Full Of Ecstasy』と新作『Freakout/Release』を繋ぐ3年間は、多くの人々にとってコロナ禍で過ごした時間として記憶されるだろう。地球規模の感染拡大は世界中の人々の暮らしに影響を与え、それまでとは異なるライフスタイルを送らざるをえなかった。ホット・チップのフロントマン、アレクシス・テイラーもその例外ではなく、バンドは実質的に活動休止となり、メンバーと会うこともままならなかったという。

そうした状況を経て制作されたアルバム『Freakout/Release』には、タイトルの通り「フリークアウトしたい/解放されたい」という想いが映し出されている。70年代ファンクのサンプリングやゴキゲンなディスコ・ビートを手際よく重ねたサウンドは、聴き手をふたたびダンスフロアへと連れ出すことだろう。持ち前のユーモアや人懐っこさは変わらずも、長年の盟友であるソウルワックスやロウ・ヘイター(元ニュー・ヤング・ポニー・クラブ)も力を添えた本作は、いつもよりも少しだけパワフルでクレイジーな側面を打ち出しているように思う。

今回はアレクシスにインタビューを実施。コロナ禍での過ごし方や『Freakout/Release』の制作秘話を、お気に入りの作品やバンドを引き合いに出しながら語ってくれた。不測の事態を経験しながらもなんら変わることのない、この人の音楽への飽くなき探究精神と溢れんばかりの愛情には自然と笑みがこぼれてくる。


一番右がアレクシス・テイラー(Photo by Pooneh Ghana)

―『A Bath Full Of Ecstasy』のツアーが終わって間もない頃に、COVID-19のパンデミックが世界を襲いました。

アレクシス:パンデミックは僕たちの音楽ライフを変えてしまった。というのも、2020年以降、すべての予定をキャンセルしなきゃいけなくなってしまったからね。2020年はフェス出演を中心に活動するつもりだったんだけど、そのすべてが白紙になった。逆に良かった点は、まず休みがゆっくり取れたこと。それに、曲作りに時間を費やすことができたところだね。まず僕はソロアルバムの制作に取りかかり(2021年作『Silence』)、それが完成してから、どういう方法をとればバンドで集まって曲作りができるかを考えた。そうやって工夫しながらスタジオでの制作ができたのは、とても良かったね。バンドのみんなと非常事態を一緒に乗り越えられた気がするよ。

僕たちは、いつもコロナ禍のことを考えて過ごしていた気がする。スタジオに行くときはいつもジョー(・ゴダード)と一緒に車に乗って、マスクをして会話しなきゃいけなかったし。バンドの将来のこととか音楽文化がどうなっていくのかとか、たくさんの話をしたよ。

ーコロナ禍の日々を過ごしたことで、あなた自身の音楽的嗜好に何か変化はありました?

アレクシス:音楽的嗜好が変わったとは思わないけど、現実に世界のいろいろな場所のレコードショップに行くことはできなくなったし、ナイトクラブでDJをしたり、他のDJのプレイを見ることもなくなってしまったよね。ロックダウンの間は、本当にたくさんのさまざまなジャンルの音楽を聴いていたよ。毎日音楽を聴いていたし、それこそ何千曲も聴き漁っていたな。

なかでも特に印象に残っているのが、ニール・ヤングのボックスセット『Neil Young Archives Vol. II (1972-1976)』。70年代の未発表曲を集めたものなんだけど。かなり充実した内容のコンピレーションで、何回も繰り返し聴いていた。ロックダウンの間はみんな、どこかノスタルジックな曲を聴きたい気分だったんじゃないかな。まあ、ロックダウンであろうとなかろうと、僕はよくニール・ヤングを聴いているんだけど(笑)。

ー(笑)。

アレクシス:あとは、80年代のエレクトロニック・ミュージックもよく聴いていたね。特にレクシーの「(Don’t) Turn Me Away」っていう曲とか。初期のダブっぽい、変わっている感じのエレクトロニック・ミュージックなんだ。あとは、スペクトラル・ディスプレイの「It Takes A Muscle (To Fall In Love)」っていう曲にも影響を受けたよ。エレクトロ・レゲエっていう感じの曲なんだけど。こういう曲がある意味僕が普段聴いているような音楽と距離を置かせてくれて、僕が作りたい音楽に新たな影響を与えてくれたと思う。




ー音楽以外の面では、この数年間をどういうふうに過ごされていました?

アレクシス:イングランドの海岸に家族と一緒に出かけて、泳いだり水遊びをしたりしたよ。ツアーをいったん休むことで、人生のなかでさまざまな事象にフォーカスする時間を持てたような気がするよ。自然のなか、特に海辺で過ごしたことは今作の歌詞を書く面で潜在的な影響を与えてくれた。直接的ではないにしろ、メタファーとして歌詞に表れていると思う。曲作りのソースになったのは、パンデミック中に僕や周囲の人々感じていたこと。心理的な緊張状態をどういうふうに打開するか、その深い闇のなかをどうやって泳いで浮上するか。その闇は深くて溺れてしまうかもしれなかったから、その心象風景はとても強い感情とドラマティックな言葉を紡ぎ出してくれたんだ。それが明確に表れたのが(タイトル曲の)「Freak Out/Release」。あの曲には、一刻も早くまたみんなと集まりたいという強い想いと、それをどうやって実現するかということが描かれているんだ。



―「Freakout/Release」には、“音楽は逃避だった/いま僕はそれから逃げられらない”“僕には逃避と本質的な癒しが必要だ”など印象的なフレーズがいくつかありますね。

アレクシス:“音楽は逃避だった/いま僕はそれから逃げられらない”の部分だけど、ロックダウンの間、僕はずっと音楽を創り続けていたから、常に頭のなかで音楽が鳴っているような状態だったんだ。実際はそれ以前も、決して悪い意味ではないんだけど、絶えずノイズが頭の中で響いているような感じだった。ずっとツアーをしていたし、いろいろな問題に関する周波数5の雑音のようなものもあったし、さらに他の人の曲を手掛けていたら、それについてのアイデアが常に鳴っている感じだった。そういう状態から二度と抜け出せないと感じていたし、この一節は、それを歌ったものなんだ。

ーあなたは音楽に囚われているわけですね。

アレクシス:それと同時に、音楽は素晴らしいもので、僕自身にとっても、他の誰にとってもそれは同じだと思う。でも、近年はどこか、音楽の価値が下がってしまっているような気がしてね。音楽は、全身全霊をかけて関わるものではないというような風潮を感じるんだ。スピーカーを通して聴くことさえなくなってきているから。もちろん、音楽を聴く人のすべてがそうだとは言わないけど、コンピューターゲームやTikTok、Instagramのようなものと同列に扱われるような存在になってしまった。もちろんそれを変えたいとも思ってないし、昔に戻れるとも思ってないけど、音楽がどこにでも溢れているいまの状況というものちょっと。どこにでもあるということは、どこにもないということと同じだと思うんだ。

―今作ではほかにも「Not Alone」や「Hard To Be Funky」など多くの楽曲で、この数年間に感じざるをえなかったダークな感情が歌われているように思います。歌詞を書くことで、そうした気持ちが整理されたり、救われたりといった面もありましたか?

アレクシス:そうだね。その表現はとてもいいと思うよ。歌詞を書くことは、セラピーのようなものだね。それと同時に、僕は聴く人にとっても意味のある歌詞を書きたいと思ってる。自分自身のパーソナリティを歌詞に投影したり、この世界に存在する自分という者に対する自身の奇妙な観察眼を曲に込めるほど、それを聴いてくれる人は増える。実体験としてそう思うな。その一方で、まるで自分の日記のような歌詞を綴っただけのものは、音楽ではないと僕は思う。だから、聴き手が理解できるものでありながら、これまでに僕自身も語ったことがないようなものという、そのバランスを模索している。例えば他の人の曲を聴いて、何を語ろうとしているのか理解したり、それを自分の言葉に置き換えたりしてほどよいバランスを探しているんだ。

Translated by Tomomi Hasegawa

 
 
 
 

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