音楽本特集第一弾、朝妻一郎が語る音楽にまつわる権利と日本のポピュラー音楽史

書籍『高鳴る心の歌 ヒット曲の伴走者として』表紙画像

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2022年4月の特集は「最新音楽本2022」。パート1はアルテスパブリッシングから発売になった『高鳴る心の歌 ヒット曲の伴走者として』にスポットを当てる。著者のフジパシフィックミュージック代表取締役会長・朝妻一郎本人をゲストに迎え、音楽人生を語るに欠かせない7曲を辿りながら本の内容について語る。

田家秀樹:こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人・田家秀樹です。 今流れているのはザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」。1967年12月25日発売です。今日の前テーマはこの曲。なぜこの曲で始めているかは後ほど。

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今月2022年4月の特集は「最新音楽本2022」。音楽について書いた本の特集です。去年から今年にかけて音楽について書いた力作本が次々発売されています。コロナ禍での副産物ということになるのかもしれません。ライブがなくなったりして、時間に余裕ができたということもあるんでしょう。今月はそういう音楽本4冊をご紹介しようと思います。

今週は1冊目。アルテスパブリッシングから発売になった朝妻一郎さんの『高鳴る心の歌 ~ヒット曲の伴走者として』です。著者の朝妻一郎さんは音楽ビジネスのレジェンド中のレジェンドですね。フジパシフィックミュージック代表取締役会長、1943年生まれ。子どもの頃から洋楽ファンで高校1年生のときにポール・アンカのファンクラブ会長に指名された。音楽原稿とかライナーノーツ、それからニッポン放送の音楽番組アシスタントを始めるようになって、1966年にできたばかりのパシフィック音楽出版の第一号社員として入社されました。数々の新しい才能を発掘してヒット曲を送り出してこられた方です。音楽出版社とはどういう会社なのか。このアーティストとはどんなふうに巡り合ったのか。あのヒット曲にはこういうストーリーがあった。音楽業界、音楽ビジネスに関心がある方はもちろん、この50年あまりのJ-POPが好きな方には知らなかったことがたくさん詰まっている本であります。というわけで、こんばんは。

朝妻一郎:こんばんは。朝妻一郎です。

田家:なぜ今日「帰って来たヨッパライ」から始めているかと言うと、本は6つのパートに分かれておりまして、パート1がアメリカの音楽業界と音楽出版。パート2がパシフィック音楽出版設立。こういう流れのパート2の4項目目にフォークルとジャックスから学んだことという見出しがありまして、書き出しが「帰って来たヨッパライ」との出会い。どんな出会いだったんでしょう?

朝妻:音楽評論家の木崎義二さんが、ラジオ関西で電話リクエストの番組DJをされていたんです。それであるとき、「イチ、この曲はすごい人気なんだよ」って言って、「帰って来たヨッパライ」の音を聴かせてくれた。「これは素人が作ったらしいから、お前権利取れるんじゃないか、頑張ってみろよ」って聴いたらすごくおもしろかった。それをうちの上司だった高崎一郎さんに聴かせたら、「おもしろいじゃないか」と。大阪へ行って秦政明さんというアートプロモーションの社長だった方にお会いして、「ぜひ権利をうちにください」ということでうちになったんですよ。

田家:フォークルとジャックスから何を学ばれたんですか?

朝妻:基本的にはそれまでレコードはレコード会社が全部作って、完全パッケージして盤を出す形だったわけです。でもフォークルは自分たちで音源を作って、その音源を既成のレコード会社から発売する。秦さんは後にURCというレコード会社を作られたんだけど、要するにアマチュアでも素人でもレコードの音源を作ることができるんだという世界が開けた。

田家:フォークルと出会わなかったら朝妻さんの音楽人生が変わったかもしれないと?

朝妻:それがなかったら音楽出版社の社員として終わっていました。

田家:朝妻さんにご自分の音楽人生を語るに欠かせない曲を7曲選んでいただきました。1曲目フォークルです。1968年2月発売、「悲しくてやりきれない」。

Rolling Stone Japan 編集部

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