デンゼル・カリー大いに語る 死と暴動、日本文化と松田優作、ギャングスタと己の生き方

デンゼル・カリー

 
デンゼル・カリーのニューアルバム『Melt My Eyez See Your Future』は、多彩なサウンドが混沌とし相互に影響を与え合っている今のヒップホップシーンを象徴するような、刺激的な作品だ。あらゆるジャンルの音楽へアプローチしながらも、うわべだけを掬うのではなく、それらが深い部分で血肉化されている。同時に、これまで以上に日本文化から大きなインスピレーションを受けたリリックも様々な読みができるだろう。コロナ禍で長きに渡って制作された今回の新作について、デンゼル・カリーは愛する日本文化についてのエピソードをまじえながらたっぷりと語ってくれた。


―ジャンルレスでメッセージ性の強い、意欲的な作品を聴くことができて非常にエキサイトしています。2年間にも渡った今作の制作において、最もこだわりぬいたポイントはどこですか?

カリー:今作の構想を練りはじめたのは2018年9月28日、『TA13OO』を作り終えた直後なんだ。最初に思いついたのが『Melt My Eyez See Your Future』というアルバム名だった。長くてクールなタイトルだと思ったよ。次にサウンドを考えた。アシッド・ジャズ、ブーンバップ、ドラムン・ベース、ネオソウル、ファンク、シンセ・ポップ、パンク、あとトラップ。これら全てのジャンルをこのプロジェクトに取り入れたいと思って、歌にしたいトピックスもリストアップした。取り組むにあたって『TA13OO』と同じものは作りたくなかったんだ。でも、実際の制作自体はすぐに取り掛かったわけじゃない。『ZUU』をまず作ったし、ケニー・ビーツとの『UNLOCKED』もあった。つまり、ロックダウンが起きるまでは手をつけてなかったんだけど、ご存知の通りその後家にずっといなきゃいけなくなったわけだよ。最初は2週間くらいで収まるだろうと思っていたら、2カ月続いて、さらに6カ月、気づいたら2年間自宅に閉じ込められていた。取り掛かるなら今だと思って着手したよ。それまでたった一人で自分と向き合うことがなかったから、最初は不安もあったんだけど。

―タイトルがまず思い浮かんだということですが、どういう視点が背景にあるのか改めて教えてください。

カリー:どうやって思い浮かんだかは俺にも説明できないんだ。普通に(ラップを)書いていたら「Melt My Eyez See Your Future」というフレーズが自分から出てきて、「なんだこれ?」って。めちゃくちゃかっこいいタイトルじゃんって思ったよ。

―なるほど。あなたは常に自己修練に励み、ストイックに音楽創作に取り組んでいる印象があります。今回も自身を追いつめたのでしょうか。新たなクリエイティビティを得ることはできましたか?

カリー:これまでのアルバムでは、リリックを書く前に「何小節あるからいくつ単語が必要だ」と考えていた。でも今回はその逆のアプローチをとったんだ。「今自分が何を考えているか」ではなく「何を感じているか」というのを大事にした。以前は自分の思考を元に言葉を綴っていたのに対して、今作では自分が感じたままに綴っているんだよ。

―興味深いです。なぜならリリックやサウンドからは、社会に対する「諦め」と「理想」というネガティブ/ポジティブの両極端な視点が複雑に同居している印象を受けたからです。非常にリアルに感じましたし、共感しました。そのような境地に至った象徴的・具体的な出来事はありますか?

カリー:どの曲もそれを書くに至った理由がある。1曲目から順に話すよ!「Melt Session #1」は、俺自身の苦しみや欠点について歌っている。隔離生活を通して、それまで自分では見えていなかったものと向き合うことができた。自分が内に抱えていたものだったり、これまでの自分の行いについて語っている。もっといい人間になるという、俺なりの宣誓のようなものだ。

「Worst Comes To Worst」は、周りで大勢の人が死んでいること、今にも戦争が起きそうだということを語っている。実際いまウクライナとロシアで紛争が起きていて、NATOも絡んでアメリカも関わっているだろう。でも俺の頭にあるのは、街中で起きている争いのことだよ。実際、LAでは暴動が起きている。これは、ジョージ・フロイド、ブリオナ・テイラー、アマード・アーベリーらの殺害をきっかけに起きた一連の出来事についての曲だ。

それに続くのが「John Wayne」。さっきも挙げたアマード・アーベリーの場合、ただジョギングをしていただけなのに3人の白人に殺された。黒人が次々と警察官によって殺されてる状況で、警察は何もしてくれない。助けを求める前に、殺されるのがオチだ。そうだろう? だから俺の主張としては、「殺される前にこっちから先に撃つしかないんだ」ってこと。相手が死ぬか、こっちが死ぬかだから。俺の命なんて何とも思っちゃいないのは分かってるし。だから俺たちは、ジョン・ウェインになったつもりで街を歩かなきゃいけないんだよ。





―ストーリーに連続性があることで、よりその残酷さや苦しみが伝わってきます。

カリー:続く「The Last」は、ロックダウンでの状況を語っている。業界に根強く蔓延るカラリズムからも分かる通り、有色人種のアーティストは依然として少ない。ヒットを飛ばすのは白人ばかり。彼らを貶しているわけじゃないけどね。BLMについてみんな発言しているけど、みんなが口にする革命や変革というのは結局SNSの投稿でしかない。ブラックパンサー運動のような革命とは違うんだ。みんな投稿して関心があるように振る舞うけど、6週間もすれば忘れて次の関心ごとに気落ちは移っている。それが「The Last」で言っていることだよ。

次の「Mental」は、俺が心に抱えていたこと、つまり「物事に対する考え方を変えなきゃ」という思いを語っている。物事は起こるべくして起こるんだよ。だから“My mental state is whatever happens happen /I’m making it happen rappin/If I was in the forties, I would’ve been gasin’, scattin’/different practice created a diffferent habit”(俺の精神状態はなるようになる/俺はラップで実現させている/俺が40年代に生きてたらスキャッティングしていただろう/実践することが変われば習慣も変わるだろう)と綴っているんだ。 自分には悪習があって、そこから抜け出すことが大事だった。新しい習慣に慣れないメンタルとの闘いだよ。歌詞にも“I find it harder to make an action yet/It’s all in my mental”(なかなか行動できずにいる/全部メンタルだ)とある。だから考え方を変えれば、悪習を断つことができるはずだ。ソウル・ウィリアムズが詩の朗読で参加してくれて、世界の問題にも触れている。

そこから「Troubles」に繋がるんだ。「Troubles」では、普通の人たちが日々直面する悩みに触れている。女性に話してもらえない、住む家を失った、生活費よりもドラッグに金を使ってしまった――。T・ペインも、彼自身の悩みを語っている。誰だって悩みを抱えているんだっていうのが「Troubles」だ。





―「Ain’t No Way」は多くの客演が参加していますね。

カリー:「Ain’t No Way」は、超イカした仲間とのコラボ曲で、アルバムにハマると思って入れた。リコ・ナスティーのパートを聴いてもらったら分かる。彼女はつい最近プレイボイ・カーティのツアーでブーイングをされたけど、この曲のヴァースはその前に書いている。このタイミングで彼女のヴァースが世に出るのは、意味のあることなんだ。さらに、疑念についても触れている。“Ain’t no way people still doubt me after this”(この後に俺のことを誰も疑えるはずがない)というフレーズは6LACKが書いた。J.I.Dは自分のバースで、何をするにも忍耐と努力が大切だって話をしている。俺は、「Ain’t No Way」というのが自分の生き方だと歌っている。そう生きるしかないからね。ブルース・リーが言った言葉なんだ。俺はブルース・リーのタトゥーを入れているんだよ。彼が言うには、「道がないことこそが進むべき道だ(No way is the way)」。つまり、決まった生き方はないから伝統は忘れるべきだってこと。“Over the years, friends turn to enemies/Bullets curvin’ left and right sort of like parentheses”(昔のダチが敵になった/銃弾が左右に曲がり、まるで丸括弧のようだ)と、自分の体験を語ってるんだ。そんな環境を、J.I.Dやリコ(・ナスティー)と同じようにずっと耐え抜いてきたってこと。



―中盤以降の「X-Wing」や「The Smell Of Death」といった曲は、非常にあなたらしいリリックに感じました。

カリー:「X-Wing」は比喩なんだけど、自分の夢や野望と出自について語っているんだ。「俺の新車のランボルギーニ」だったり、「新車のヘルキャット(ダッジ・チャレンジャーSRTヘルキャット)」、あるいは「イーロン・マスクのテスラの新車を手に入れたぜ」という自慢に対して、俺は「そんなのクソ食らえだ。俺が欲しいのはXウィングだ」って言ってる。大のスターウォーズ・ファンだから、あえてオタクなものを引用して、誰も手出しできないバースにしたんだ。“I don’t want a car, I want an X-Wing/I’m just onto the next thing”(お前が車を運転してるのに対して、俺は宙を浮いている。お前よりも遥か上だ)ってね。過剰な贅沢に対する俺なりの言い分だ。こんな贅沢品に囲まれた生活がしたいっていう物質主義な面も俺にはあるし、それ自体は問題だとは思わない。でも、その物質への欲求に振り回されないようにしなきゃいけない。

サンダーキャットが参加してくれた「The Smell Of Death」は、冒頭のリリックで“United they fall, divided I stand”というのがあるんだけど、これは有名な「団結すれば栄え、分断したら落ちる」(United we stand, divided we fall)というフレーズをもじっている。“Make sure the enemy can die in advance / I follow God, not the words of a man / I got blood on my sword and my hands / We go to war, I won’t give you the chance / I ran, I mean evade”で「I ran」(逃げる)とあるけど、イラン(Iran)やアフガニスタンから軍を撤退させているという意味でこれはアメリカの話なんだ。俺はそもそも逃げたんじゃなくて、そもそも彼らと闘う理由がなく回避したってことだ。続いて“Then pick a time to engage so you can feel my rage / Like Naruto in the Sage”とあるだろう? 空気中に死の匂いがする、なぜなら俺の身近なところで実際に人が死んでるわけだから……ということ。コロナや暴動で命を落とす人、自分の恐怖に打ち勝つことができなくて死んでしまう人、人から盗んで死ぬ人。今は給付金が底を尽きてしまったし、それもあってまた俺の周りに死の匂いがするよ。LAでは一時、メルローズでも死人が出た。「メルローズ」じゃなく、「ヘルローズ」ってみんな呼んでた。



Translated by Yuriko Banno

 
 
 
 

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