King Gnuがツアーファイナルで表現した「喪失」との向き合い方

「一途」を歌う井口の声と姿

この日のハイライトのひとつは、ツアーの中でも国立代々木競技場第一体育館公演のみで披露された、最新曲「一途」。冒頭でステージ上に設置された12枚のLEDパネルにミュージックビデオの特別映像が流れ、観客のテンションを最高潮に上げてから、何十台ものレーザーを縦横無尽に飛び交わせて、ギターの鋭いカッティング、ロールするドラムを轟かせる。『劇場版 呪術廻戦 0』の主題歌として書き下ろされた「一途」は、常田のルーツにあるTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTやBLANKEY JET CITYの血を継ぎながらも、2021年にロックバンドとしての新しい像を提示する一曲だ。この演奏を見ていたとき、3年前の取材で常田が語っていたことを思い出したーー「俺がすごく憧れたバンドは、THE BEATLESにせよ、ロックのテンプレートを作ってきた人だけど、彼らはそれを生み出して進めてきた姿勢が『ロック』だったんだと思うんですよ。テンプレートをやろうとすることには『ロック』を感じない。『ロック』は姿勢だと思っていて、King Gnuはいわゆるロックバンドと言うより、その姿勢を受け継ぐ役割をしているんだと思います」。King Gnuはバンドの評価や社会的環境が変わっても、また、彼らに影響を受けたバンドが下の世代に出てきても、その信念を曲げずに常に今の時代にはまだないバンドサウンドやアート表現を創造し推し進める存在であり続けている。



メンバーの4人も、音響・照明などの演出チームも、曲に対する理解度と情熱がハンパなく高く、それぞれのスキルを信頼しあえている状態になっているのだということはライブの充実度からも想像が付く。そして、その中でも個人的に特筆したいのは、井口理(Vo, Key)の歌の表現のさらなる進化についてである。フジロックでKing Gnuのライブを観たときも、あの広い場所が静寂に包まれて井口が「白日」を歌い出した瞬間は、今も脳裏に焼き付いているほど惹きつけられるものがあった。また、10月に東京ガーデンシアターでmillennium paradeのワンマンライブ(「millennium parade Live 2021 "THE MILLENNIUM PARADE"」)を観たときも、巨大な鬼のオブジェに次々と刺激的な映像が投影される中、唯一映像演出なしで井口の歌が引き立っていた「FAMILIA」が特別印象的だった。この日も「三文小説」「The hole」をはじめすべての曲において井口の歌は心を掴まれるもので、裏声と地声をあれだけ滑らかに行き来して声楽的な歌もロックンロールも歌えるヴォーカリストは唯一無二だと改めて思わされた。いつも通りキーボードに身体を向けた横向きの状態で真っ直ぐ立つ姿が今まで以上に凛々しく見えて、昔のインタビューでは常田が作る曲に「くらいついていってる」と表現していたところから、歌や音楽への視座も役者業で鍛えた表現力も自信も格段に高めてきたのだろうと感じるほどだった。先述した3年前のインタビューで常田が井口の歌について「理は発声もちゃんとしてるからダーティ感が出ないんですよ。グランジ感というか。(中略)俺は、やっぱりダーティさがロックバンドとしてかっこいいと思っていたので」と話していたが、「一途」を歌う井口の声と姿からは、ロックスターとしての歌い方も矜持も獲得しているように思う。






Photo by Kosuke Ito


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