KIRINJIが体現するポップスと社会の繋がり「もっとライトな感覚で歌ってもいい」

KIRINJI・堀込高樹(Photo by Kana Tarumi)

2021年より堀込高樹のソロ・プロジェクトとなったKIRINJIが、今年4月の配信シングル「再会」、映画『鳩の撃退法』主題歌の「爆ぜる心臓 feat. Awich」を経て、この2曲も収録したニューアルバム『crepuscular』を完成させた。コロナ禍の社会が反映された本作には、抑制されたフィーリング、ささやかな希望に加えて、“陰謀論”や“闇落ち”といった言葉も歌詞に含まれている。かつてなく冒険的なアルバムの制作背景を尋ねた。

【画像を見る】堀込高樹 撮り下ろし写真(記事未掲載カットあり)


—スタッフの方からいただいたメールによると、「ギリギリまで完成形が見えないレコーディングでした」とのことですが。


堀込:そうなんですよ(苦笑)。

前回のインタビューでも、セミの喩えから苦戦してそうなのは伝わってました。

堀込:曲を書く時間はたくさんあったのですが、色々な仕事と並行しながら作っていくのが大変でした。それこそ映画『鳩の撃退法』のキャンペーンとか、ワンマンがあって(8月開催の「KIRINJI SPECIAL LIVE 2021 ~SAIKAI~」)。そうなると、(制作の)モードに入って、1回それがリセットされて、またモードに入って……となるので、ゾーンに入るまでに時間がかかってしまう。それもあって、なかなか思うように捗りませんでした。曲が出来上がっても、妙に気張ってるように感じたり。

―「なんか違う」みたいな?

堀込:それこそ、最初は「『cherish』の感じをもう少しやりたいな」と考えて、ダンサブルな曲をいくつか作ってみたんです。でも、これだと『cherish』と一緒になってしまいそうな気がしたんですよね。それもどうかなと。

―ということは、作ってみたけど未収録の曲もある?

堀込:そんなに多くはないですけどね、2〜3曲くらいかな。それらは面白味がないからナシにして、もうちょっと時代の空気やムードを反映させたものにしようと。この2年間における自分のテンションと言いますか。あとは、先に出した「再会」と「爆ぜる心臓」が両極端だから、その間を繋ぐものを揃えることも意識しましたね。そこで方針を定めるのにも時間がかかってしまいました。


Photo by Kana Tarumi

―そんな経緯もありつつ、『cherish』とはまた音楽的に異なるトライアルを実践しているように映りました。

堀込:「再会」のリバーブ感もそうだし、「爆ぜる心臓」も空間的な面白さがありますよね。どこか全体的にモヤがかかっている感じ。前回、「ソフトなサイケ感」について軽く話しましたよね。

―「ダンサブルでボトムがしっかりあるけど、ウワモノはサイケ感をもつポップス」ですよね。

堀込:そうそう。あの時は、「なんか言わなきゃ」と思って適当に言ったのですが(笑)。

―(笑)。

堀込:でも、そのあとに「あ、悪くないかもな」と思いだして。全体を通底するものとして、いいアイデアかもしれないなと。そこから「ただの風邪」では、デモテープを作りながら「サビで一気にリバービーな感じにしたら面白そう」とか、「気化猫」もスロウなファンクっぽいけど、上はフワフワにしたり。そういうサイケ感を念頭におきながら作っていきました。

―それは西村ツチカさんの作品を用いたジャケにも反映されていますよね。「ただの風邪」の歌詞にもある、“不思議な夢の中にいるような”サイケ感。

堀込:うん、そうですね。


『crepuscular』通常盤ジャケット

―近年のKIRINJIは、冒頭の1曲目がアルバム全体のモードを示してきた印象があって。今回は「ただの風邪」のミニマルなシンセがまさしく象徴的だと思いました。

堀込:あれはデモを踏まえて、(鍵盤奏者の)宮川純くんがProphet-6の実機を持ってきて、スタジオで「これどうですかね?」と弾いてくれたものです。僕のデモはもう少し打ち込みっぽかったのですが、スティーヴィー・ワンダー的なニュアンスと言うか、ファンクな感じが出てますよね。宮川くんは「サンダーキャットっぽいですよね」と話してましたが、そこは自分では意識してなかったので意外でした。もともとはベニー・シングスみたいな、スッキリしたポップスにしようと思って作り始めた曲だったので。

―あとはドリーミーな雰囲気。「曲調そのものはオーセンティックでも、音像が変わることで印象も違ってくるはず」と前回話していましたよね。「ただの風邪」も、サビのコーラスはキリンジみたいなのに、印象がまるで違う。

堀込:フレーズはいつもの感じですけど、音の処理というか響かせ方が全然違いますから。

―「時代の空気を反映させる」という話もありましたが、「ただの風邪」というタイトルや、歌詞の熱にうなされてる感じはどういった背景があるのでしょう?

堀込:僕自身はこの2年間で一度も風邪をひいていませんが、次男があるとき熱を出して。「やばい、コロナかも」ということで保健所や病院に電話したんです。それで診断してもらったら「お腹の風邪ですかね」とのことで、「ただの風邪でよかったね」という話を家庭内でしました。きっと、こういうやり取りがウチだけでなく、いろんなところであったと思うんです。もちろん、その一方で亡くなってしまった方もいらっしゃいますが……。

―ええ。

堀込:「ただの風邪」という曲名が発表されたとき、「コロナはただの風邪」と言い張る人を揶揄する歌だと思われたかもしれませんが、個人レベルでさっきのような会話があったはずで。そちらのほうを切り取った曲です。

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