「不平等な社会」がもたらす格差からメンタルヘルスの悪化を考える

「人間や人間社会はそもそも序列的で不平等なものだ」というような考え方がありますが、必ずしもそうではないということが文化人類学の分野から明らかになっています。人類の社会構造には歴史的に大きく3つの期間があります。人類出前以前の猿やチンパンジーのような序列的・順位制の時代、次に人類の先史時代の平等主義的な狩猟採取社会、そして近代の階層的な農工業社会です。実はこの2番目の平等主義的な社会が、人類が誕生して20〜25万年経過した中の95%を占めるのです。これは、人間が生まれつき平等主義であるということではなく、「反支配戦略」「逆支配戦略」と呼ばれるもので平等が保たれてきたと文化人類学では考えられています。大型動物を仕留められる武器や手段を手にした社会では、個々の身体的な強弱の差が少なくなります。つまり、腕力に自信がある者でもいつ何時武器を手にした他のメンバーから攻撃されるかわからず、個人の力だけでは支配することができなくなったのです。また、大型動物を仕留めた場合、一人の人間や一つの家族が食べきれないほどの肉が獲れます。それを腐敗する前に、えこひいきが生じないように実際に狩った猟師ではない人間が衆人環視のもと不正が起きないように分配したのです。そうやって個人が権力を集中的に持ち強欲に走ることを牽制していたのです。

もちろん、現代は過去の狩猟採集社会とは違います。しかし、格差や不平等を可能な限り無くしていくことが、私たちのメンタルヘルスを保つためにはとても重要だということが科学的に明らかになってきています。そのためには経済民主主義という考え方も重要になってきます。政治制度としての民主主義が実現したとしても、経済的な不平等が残る場合には民主主義は不完全で、雇用や社会保障などの制度的保障と、労働環境の改善や生産性の向上、労働者の経営や政府機構への参加などの、経済の民主化がポイントになります。しかし現在の世界では民主主義が「権威主義」へと移行・退行してしまっている側面もあります。私たちがメンタルを健康に保ち、より良く生きていくためには、政治・経済両面での民主主義の重要さをもう一度考える必要があるのです。

参照:
音楽ストリーミングの成長、アーティスト格差広がる(Rolling Stone Japan EMILY BLAKE 2020/09/10)
『格差は心を壊す〜比較という呪縛』(リチャード・ウィルキンソン、ケイト・ピケット著/川島陸保訳/東洋経済新報社)



<書籍情報>



手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP:https://teshimamasahiko.com/



Rolling Stone Japan 編集部

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