ディアンジェロ『Voodoo』を支えた鬼才エンジニアが語る、アナログの魔法とBBNGへの共感

アナログの魅力は再現できない

―先ほどおっしゃっていた、BBNGの音源をミックスする際に最初に考えた「方向性」について教えてください。

ラッセル:BBNGの処理前の音源を聴いて、とても自然なサウンドを目指しているのがわかった。イコライザーやコンプレッションが何度もかけられて完全に処理された音ではなく、スタジオという空間の中で、ドラマーがスネアを叩いている音がそのまま聴こえるようなサウンドを目指しているのだと。

そこで、今回のドラムの音に対するアプローチとしては、コンプレッションを多用するのではなく、より音楽的にしようと考えた。大きく響くようなサウンドにしたかったから、昔のチューブ・コンプレッサー(50年代から使われている真空管のコンプレッサー。アナログな雰囲気のサウンドにするためにエフェクターとしても使われる)を多く使用している。また、ドラムやギターの特定のトーンを引き出すために、ディストーションを微妙に使っている。ストリングスにも、様々なハーモニクスを生み出すためにディストーションを使っているよ。昔のサウンドというか、ザラザラした感じのサウンドにするためにね。

これは5曲目(「Love Proceeding」)のミックス中に気づいたんだけど、彼らは演奏中のエネルギーを大事にしつつ、非常に落ち着いた雰囲気が一貫して漂っている。ベースにディストーションがかかっていても、ワイルドな演奏をしていても、ある種の落ち着きがあり、規則正しい流れが存在していた。だから、ドラムのムードには継続した一貫性が出るようにしている。ドラムが音楽におけるスペースをかなり占めていたから、他の楽器が存在できるためのスペースを作ることも意識したね。

全体的なコンセプトは、自然のままでスタジオの部屋の音を聴き取れるようにして、エフェクトをできるだけ使わないようにすること。エフェクトは仕掛けではなく、リアルな効果として使うことにした。そもそも、私はエフェクトを使うとき、曲に最初からあるべきもののように使うことを信条としている。「ラッセルは曲の最後に、すごいリバーブをかけようと思い付いたんだな!」なんて思われなくていいんだ(笑)。



―BBNGの新作はヴァレンタイン・レコーディング・スタジオ(詳しくはこちら)で録音されています。

ラッセル:とても特徴的なサウンドだと思うね。音響設備の質の高さが感じられたし、エンジニアもその部屋の音響をとても上手く捉えている。バンドメンバーは一つの部屋で同時に演奏しているんだけど、複数の人たちが一つの空間に集まって録音するプロセスを的確に捉えている。私もそういう音響が大好きだし、自分でもこういう録音をしそうだなと思わされるサウンドだった。

―ヴァレンタインはヴィンテージ機材が揃い、テープ録音を行なっているスタジオです。あなたはそれらのスペシャリストですよね。そういった環境でアナログ録音を行うことには、どんな良さがあるのでしょうか?

ラッセル:基本的に、プラグインなどのデジタル処理方法は私が持っている(アナログ)機材の模倣にすぎない。私はキャリアの初期から、多岐に渡る機材を収集してきた。それらはプラグインで代用できないものばかりだ。音自体もまるで比べものにならない。フェラーリとトヨタを比べるようなものさ。アナログの音が本物なんだ。それ以外のものは、アナログから出る音を模倣しているに過ぎない。

私は、当時の人たちが使っていた機材を全て所有している。フランク・ザッパが使用していたフェイザーと同じものを持っているし、ジョン・コルトレーン『Blue Train』のジャケットに使われた写真に写っているマイクと同じもの(ドイツ・Neumann社のU47)も持っている。私が扱っているのはそういう機材だ。多くのアーティストが当時の音を模倣しようとしているよね。でも、あれより優れたマイクは、今でも世界中どこを探しても存在しないんだ。1949年に作られたあのマイクには独特な特徴があって、現代の技術を駆使して素晴らしいマイクを作ったとしても、あのマイクの方が良い音が録れるんだ。アナログにはそんな特徴がある。

それは楽器についても言えることで、最近は昔のギターを集めたり、ローズピアノを好む人が増えている。アナログのシンセサイザーだって、あのサウンドをデジタルで再現することはできないんだ。デジタルがオリジナルになることはできない。あくまでコピーなんだよ。



―ヴァレンタインの環境の特性がよく出ていると思う曲は?

ラッセル:ほぼ全ての曲で聴き取れると思うよ。ドラムの録音方法は非常に特徴的だし、サウンドにも同じことが言える。あまりにも特徴的だったから、もしそのサウンドを変えたいとしたら、スタジオのサウンドそのものを取り除かなければならない。そうなると、かなり難しいと思うよ。そもそもマイクの設置方法が、部屋の音を拾うようになっていたしね。例えば、ドラムなどの楽器の近くに設置するマイクの使用本数を少なくして、他のマイクを通常よりも離れたところに設置していたりね。そうすることによって、部屋全体の音や雰囲気を捉えようとしていたんだと思う。

それに、私がBBNGの音源を自分のチューブ系の機材に取り込んでからは、テープのヒス音がさらに良く聴こえるようになっている。静かな場面や、ボーカルだけで比較的音が少ない場面、ブレイクが入る場面では、テープのヒスが背景に聴こえるはずだ。最近は昔のレコードがよくサンプリングされているから、みんな(ヒスが含まれた)この音に慣れているんだよね。当時のアナログ機材から出ていたスタティック・ノイズは、昔のスネアやキックのサンプル、ループなどにも入っている。だから、そういう音を聴くと無意識的に、当時の雰囲気を感じたり、馴染みがあると感じたりするんだ。それは過去のレコーディング技術が何世代にも渡って継承されてきたからだし、ヒップホップが誕生してからはサンプリングという技術が使われ始め、ある意味での原点回帰が行われたからに他ならない。サンプリングという技術そのものは新しくても、サンプリングするのは昔のジェームズ・ブラウンのレコードだったり、古いブレイクビーツだったりしたわけだからね。

ほかにも新しい技術は開発されているのに、我々は今でも70年代のようなサウンドや、当時と同じくらい素晴らしい音質のループを作ろうと努力している。それってなんというか、矛盾しているような感じだよね。最新のマイクやデジタル機器を駆使しただけでは、「当時の最高の音」は生み出せないってことだから。

―なるほど。

ラッセル:だから今日では、デジタルに幻滅している人もいるだろうし、かたやマーケティングに翻弄されて、デジタルが最高だと信じ込まされた人も多いと思う。私自身、昔はデジタルが大嫌いだった。「デジタルなんて最悪だ!」と批判ばかりしていた頃もあったよ(笑)。今ではそうは思わなくて、デジタルにはデジタルの居場所があることを理解している。でも、結局は金儲けのビジネスだとも思ってる。プラグインの市場規模は巨大だからね。「あの音楽ホールの(響き方の)アルゴリズムを1年かけて分析しました!」などと言ってプラグインを売ろうとしているけれど、結局は再現しようとしているだけだから。再現などしなくても、実際のホールに足を運んで音を聴いてみれば、どんな音が本当に響いているのか一瞬でわかる。少し話が逸れてしまったかもしれないけど、僕はそんなことを考えてるんだ。

Translated by Emi Aoki

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