映画『リスペクト』、アレサ・フランクリンの楽曲で紡がれる伝記映画

故アレサ・フランクリンを演じる、ジェニファー・ハドソン(Photo : Quantrell D. Colbert/Metro Goldwyn Mayer Pictures film)

ローリングストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な100人のシンガー」の第1位に選ばれたアレサ・フランクリン。ジェニファー・ハドソンがアレサを演じる伝記映画『リスペクト』が、本日11月5日(金)より全国公開される。「ソウルの女王」ことアレサ・フランクリンの伝記映画が万人を満足させられるなんて無理な話だが、ジェニファー・ハドソンは、アレサ・フランクリンの楽曲のパワーを確実に捉え表現している。

※注:文中にネタバレを含む箇所が登場します。

いまも根強い人気を誇る20世紀(そしてそれ以降の)屈指のアーティストであるアレサ・フランクリンを、スクリーンによみがえらせることは、誰もが喜んで受けるチャレンジではないだろう。しかし、「ソウルの女王」本人から指名されたジェニファー・ハドソンにとっては身のすくむような栄誉だったに違いない。ハドソンは、2018年にレジェンドの葬儀で追悼歌を歌うことを依頼された数少ないアーティストのひとりなのだ。

ハドソンが主演する映画『リスペクト』(11月5日公開)は、かくも多彩な才能の持ち主を正当に表現しきれていない——そんなことは不可能だ。それは、フランクリンの人生が歴史的に幅広い世代の人々の心に平等に届いたからというだけではない。人生や生い立ちが時代の表舞台に出ることのなかったアレサ・フランクリンという女性は、まさにその時代が生み、それに縛られた人物だった。父であるC・Lことクラレンス・ラボーン・フランクリンは有名な牧師および公民権運動のリーダーであり、自宅にはダイナ・ワシントンやサム・クックといった当時の大物アフリカ系アメリカ人たちがゲストとして招かれた(劇中の少女時代のアレサは、ダイナおばさん、サムおじさんと呼んでいる)。活動を通じて父はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア本人とも友情を育み、アレサはその伝説的な歌声を武器に公民権運動のために各地を訪問し、資金集めに奔走した。

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そこにほかの特殊な事情を加えてみよう。フランクリンの母は、彼女が10歳のときに他界している。少女時代の性的虐待(ぎこちないながらも重要なシーンとして劇中で描かれている)は、生涯にわたって彼女に暗い影を投げかけた。アルコール依存症と家庭内暴力、そして悲劇的とまではいわないまでも、人を無力化してしまうような父の支配との闘いなど……そもそも伝記映画とは、こうした要素で成り立っているのだ。唯一無二のレジェンド、レイ・チャールズを題材とした作品を含む、普通の伝記映画に欠けているものがあるとすれば、それはアレサの心をまっすぐに貫く音楽の存在だ。『リスペクト』の名シーンの数々がソウルの女王の音楽に焦点を当てていることはいうまでもない。同作は、この点でしくじる可能性もあった。だが、リーズル・トミー監督と脚本家のトレイシー・スコット・ウィルソンは、エグゼクティブプロデューサーという立場上「しかるべき楽曲」がカットされることなく披露されるよう気を配ったハドソンのサポートとともに、フランクリンの音楽の豊かなサンプリングを私たちに届けてくれた。それは楽曲数という観点よりも一つひとつの楽曲のパワーをとらえようという制作陣の緻密な努力の賜物である。

Translated by Shoko Natori

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