折坂悠太が語るサム・ゲンデルの影響、記名性から解き放たれた音楽のあり方

記名性を外して、音のあるべき場所を探す

—VIDEOTAPEMUSICさんが手掛けた『心理』収録曲のオーディオビジュアライザービデオについても伺いたいのですが、あの少しノスタルジックな映像を見て、サム・ゲンデルが『DRM』のコンセプトを「何年も先の未来の誰かが、今日のポピュラー・ミュージックを聴いて、何の手立ても理解もなく、それを再現しようとしているかのように想像した」と説明したのを思い出させました。

折坂:なるほど、すごく面白いですね、その話は。私自身はそこまで意識的にやろうとしているわけではないんですが、聴いている人とか、VIDEOさんが今回、私の音楽を聴いて解釈したものを想像していくと、もしかしたら、それに近いものがあるかなとも思います。歌い方なのかもしれないですけど、時代性が分からない、と私は言われることがあって。

—それは意識してやっているわけではないのですか?

折坂:最初はもしかしたら少し意識していたかもしれないんですが、最近はそれすらも考えてない、よく言えば身に付いてきたのかな、という感じです。この歌い方しかできないというか。アルバムに頂いたコメントでも、「日本的な」「大陸的な」と言ってくださる方がいて、すごく嬉しかったんですが、自分ってそういう感じなんだと思い出したくらいで、割と今回かなり現代的なアプローチをしたと自分では思っていたんですが、やっぱり歌がそう思わせるのだろうなと。だから、そういうガラパゴス的な、違うルートを辿ったポピュラー・ミュージックみたいに感じてくださるのはあるのかなと思うんですよね。

で、VIDEOさんの映像が凄くいいなと思うのは、断片的なんです。風景なんだけど、ループしている感じ。切れ端を眺めているような感じという。そういうのが、遠い未来から来て、今の時代、例えば化石の欠片みたいな発見をして、それがまだ動いている時代を想像している人みたいな、そんな感覚だなといま話を聞いていて思いましたね。



—その「現代的なアプローチ」とは、具体的にどのあたりに表れているのでしょうか? 例えば、ブレイク・ミルズやサム・ゲンデルの音楽も何て呼んだらいいか分からない音楽だけど、現代的なものを感じます。

折坂:具体的な例を挙げると、私が「現代的な感じにしたいです」と中村さんにリクエストしたときに、中村さんはいろんなリヴァーブを使って残響を付けていく感じで考えていたみたいで、割とそういうものが最初挙がってもきたんですが、その時に、私はリヴァーブを結構外してしまったんですね。分かりやすい、そういう今っぽさみたいなものが、自分の音楽で使われていると、何かちょっと取って付けた感じがして、それを取っていったんですが、確かにブレイク・ミルズやサムもそうなんですが、残響がないという話ではなく、自分が出した音に付属したイメージを外していくのがあるかなと思ったんです。そういう意味で、私の思う現代さはそれなのかなと思うんです。逆にイメージをどんどん付けていって、良くなる音楽というのもあると思うし、影響を受けているのもすごくあると思うんですけど、私はそういうものをなるべく外していって、その音のあるべき場所を探す。それが私の現代的ということなのかもしれないです。

—他のインタビューでは自分がいま生きている社会についても語られていますが、今回の音楽はいまの社会とどう接続されていると思いますか?

折坂:接続はすごくされていると思っています。いまは、個々の声が活きる社会かなと考えていて。時には連帯して一つのことを言うのも大事だと思うんですけど、ただ、その根本にあるのが自分というものの肯定の上に成り立っているというのが肝だなと。なので、私も音楽家である前に人間として、ある程度、大きなスローガンみたいなもの、まあ選挙に行きましょうとかそのくらいですけど、そういうことは掲げつつも、その内側にあることというのは、少しそこから切り離して考えるべきことで。それは音楽に政治を持ち込むなということではなくですね、自分の作家性を作品の中で深く掘り下げていく中では、イメージやスローガンを拠り所にしない方がいいということです。

—そのイメージというのは、サム・ゲンデルのサックスが記名性から自由になっているという冒頭の話にも繋がりますね。

折坂:逆に記名性を外していくということが、何か反発なんでしょうね。どんな主張をしていても、そこに記名性というか、カテゴライズというか、細かくされていく。ネットスラングとか見ているとそうですが、そういうモノを表す言葉がどんどん細かく付き始めている。音楽のジャンルにおいても、それは元々は売る側の人が扱いやすくするために付けていったものだと思うんですけど、逆にいまは作家がそれを目指し始めているのがちょっとあるのかなと思って。そういう流れは、あんまり良くないんじゃないかなと思っています。

—それは、折坂さんが『心理』に寄せた「簡単な物語に消化される事を拒んでいます」というコメントにも表れていますね。

折坂:そうですね。でも、その反面、アルバムをリリースして、みんなどう思っているかな、とエゴサしているときに、やっぱりどこか言葉で当てはめて欲しがっている自分もいて(笑)。そこは自分の中にも矛盾があるし、自分も現代のそういう病というものにどっぷり浸かっているんだなと思うんです。それも自覚した上での反抗というのもあります。


Photo by Masato Yokoyama

—観客が目の前にいない状況で演奏するのが続いたことで、自分の中で変化を感じたことはありますか?

折坂:お客さんがいないとどうしたらいいのか分からないとか、そういう話を結構聞くのですけど、私も最初の時はそんな風に思ったのかもしれないですが、今となっては、それまでの自分とそんなに変わらないんじゃないか、という気持ちがあって。弾き語りを一人でやっていたときから思っていたのは、お客さんに対してだけ意識を向けて何かをやっていると、大抵上手く行かなくて。自分とお客さんの間に、いい意味で壁を作って、ステージ上で何か独り言を言っている状態というか、自分の中でグルーヴしている状態というのを見てもらう、というのが自分のライブの形だと思っているので、配信だろうと、無観客であろうと、それが持つメッセージみたいなものはそう変わらないんじゃないかなと思いますね。

—『心理』の次に考えていることを少し伺わせてください。

折坂:何となくいま思い描いているのは、もうちょっと自分の歌の根底にある影響、フォークだったりルーツ・ミュージックみたいなものの方法論をもっと突き詰めてやっていっていいのかなと思っています。だけど、音響的なことやアンサンブルのような、今回アルバムで培ったものは存分に使いながら、郷愁のあるものをやってみたら、どうなるかな、とはちょっと思ってますね。ドキュメンタリーであり、音響的でもある録音をやりたいなと思っていて、それをやるには、どこでどうやって録るのがいいのかな、といま考えているところです。


【画像を見る】折坂悠太 撮り下ろし(記事未掲載カットあり:全21点)




折坂悠太
『心理』
発売中
購入リンク:https://orisaka-yuta.lnk.to/shinriCD


折坂悠太 「心理ツアー」
2021年10月29日(金)大阪・サンケイホールブリーゼ
2021年10月30日(土)広島JMSアステールプラザ 中ホール
2021年11月2日(火・祝前)愛知・芸術創造センター
2021年11月6日(土)宮城・日立システムズホール シアターホール
2021年11月20日(土)福岡国際会議場 メインホール
2021年11月22日(月・祝前)北海道・共済ホール
2021年11月26日(金)ロームシアター京都 サウスホール
2021年12月2日(木)、3日(金)東京・LINE CUBE SHIBUYA

折坂悠太 Official HP:https://orisakayuta.jp/

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