松本隆がアイドル界・歌謡曲界に変革をもたらした70年代後半から80年代を辿る



1977年10月発売。原田真二さんの「てぃーんず ぶるーす」。アルバムは1978年2月に出た『Feel Happy』ですね。岡田奈々さんのディレクターは池田雅彦さんという方なのですが、あらためて松本さんのキャリアを辿っていって、どうしてこの人に詞を書いているんだろうという場面がいくつかあって。ディレクターはどなただろうと思って、そういう方の取材もしていったんですね。岡田奈々さんのディレクター、松本さんを起用したのが池田雅彦さんだった。慶應の先輩、後輩でもあったんですけど、「瀬尾一三さんはアイドルの仕事は絶対受けない。松本くんだったらやるよ」と言って曲を書いたという話をしていましたね。

池田雅彦さんはフォーライフに引き抜かれたんですね。それで原田真二の担当になった。吉田拓郎社長から松本隆さんは「真二を売ってくれないか」ということで頼まれた。この「てぃーんず ぶるーす」はもともと原曲には原田真二さんの詞がついていたんですね。それがものすごく硬派な詞で、ポップスのシングルには向かないということで松本さんが書き直したんですね。原田さんは当時、松本さんに書き直されたということを不本意で、なかなか納得しなかったという話もありました。松本さんは当時の男性アイドル、郷ひろみさんみたいな強くて清くて正しい、僕についておいでよみたいなことではなくて。ブルーな憂いがちの美少年。泥の中を這い回っているような美少年がいたらいいなということで、この「てぃーんず ぶるーす」を書いたという話をしていました。

で、岡田奈々さんにもズックが出てくる曲があるんです。この「てぃーんず ぶるーす」にもズックが繋がっている。それが後にスニーカーになるというのが、松本隆さんの1つの通底、物語でもありますね。アルバムの『Feel Happy』はアルバムチャート1位を記録しました。

Rolling Stone Japan 編集部

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