伝統と刷新を両立させるために―では、ここで改めてDRBBのキャラクターを言葉にするとどういう感じですか?挾間:WDRがヨーロッパで聴けるアメリカ西海岸っぽいビッグバンドだとしたら、東海岸のヴィレッジ・ヴァンガードでやってるようなことに匹敵するものをヨーロッパで聴けるのがDRBBだと思います。もちろんライバルとして、私の学生時代の教授だったジム・マクニーリーが現在率いるHRビッグバンドがいるわけですが、私はダントツでDRBBだと言いたいですね。
挾間とDRBBの面々(Photo by Nicolas Koch Futtrup)―例えばどんなメンバーがいるのでしょう?挾間:故人ですけどデンマークで尊敬されているレイ・ピッツというサックス奏者がいて、彼はDRBBでも演奏していたんですが、現在ファースト・テナーを務めるハンス・ウルリクは、そのレイ・ピッツのサックスを受け継いでいます。
デンマークには人種差別がひどかった時代に、アメリカのジャズ・ミュージシャンをより自然に受け入れてきた歴史が、デンマークにはあります。サド・ジョーンズもそこを気に入って住み着いたそうで、DRBBの指揮をすることでデンマークに還元しようとしたんです。そして今では、彼の名前がついた通りもあるくらいで。私もサド・ジョーンズ通りに住みたいんですよね。
―そんなデンマークのジャズ史を継承しつつ、独自の活動をしている人が在籍していると。挾間:そうそう。ハンス・ウルリクが受け継いだテナーとソプラノもその一つ。しかも、彼はリコーダーやパンフルートまで操ることができて、マリリン・マズールとユニットを組んだりするほどの名手なんです。
マリリン・マズール(デンマークを代表するパーカッション奏者)を迎えたDRBBのライブ映像。3:15〜でサックスを演奏しているのがハンス・ウルリク。―DRBBはパーマネントなメンバーでずっと一緒にやっているわけですが、その強みはどんなところにあると思いますか?挾間:(ハンス・ウルリク以外にも)サックスの5人に関しては、それぞれ非常に強いダブリング(複数楽器の持ち替え)の楽器があって。ファーストのペーター・フグルサングはクラリネットの名手だし、セカンドのニコライ・シュルツは本業の人よりもフルートが上手くて、クラシックのオケでも吹けそうなくらい。彼らに対してはそのダブリングの特性が活きるように曲を書いています。そうするとサックス・セクションで練習してくれるんですよ。5人とも情熱があるし賢いので、アンサンブルする意義をしっかり理解してくれるんです。
サックス・セクションの5人、『Imaginary Visions』レコーディング中の光景(Photo by Nicolas Koch Futtrup)―逆に、自分がほしい人を適材適所に配置できるわけではないことに、やりにくさを感じたことはないですか?挾間:他の場所ではあります。だけど、なぜかDRBBに関してはないですね。彼らの許容範囲を超えたことをやらせてしまったことはあります。でも、すごく興味深かったのは、そのライブを終えて「やり過ぎちゃった、今後は気をつけよう」と反省していたら、あとで4人くらいから同じようなメッセージをもらったんです。「物凄くチャレンジングだと思った。こういうことをもっとやってほしい」って。ドMかよっていう(笑)。
国営ラジオのビッグバンドとして雇われていると、お尻を叩かれながら新しいことに挑める機会ってなかなかないらしくて。だからといって、フルタイムで働いているオーケストラの人が「自分たちも高いレベルのことができると思えたし、おかげですごく練習したし、すごく実りのある時間だった」なんて普通は言わないですよね。難しいことをやらせるなんて嫌がる人もいるだろうし。だから、まさかそんなメッセージをもらうなんて思ってなくて、すごく感激しました。
―いい話。挾間:彼らは音楽に対して真摯なんですよ。DRBBの活動シーズンは9月末から3月末までの半年だけ。それ以外の時期は自分でがんばって稼がないといけない。そういう意味でも切磋琢磨している人たちなんですよね。音楽家として生きることの厳しさも知っているので、だからこそチャレンジ精神も備わっているんだと思います。
―以前のインタビューで、「難しい曲は毎日、放課後に一緒に練習できる吹奏楽部の高校生の方がうまくできる」といったことを話してましたよね。DRBBもパーマネントなビッグバンドなので、一緒に練習を重ねることの強みはあるのかなと思ったんですけど。挾間:残念ながら、そこはそうも言ってられないかな。吹奏楽だったらベーシストとドラマーの比重はそこまで大きくないけど、ビッグバンドの場合はリズムセクションの能力に大きく左右されるので。いくら練習量が多くても、あんまり必死になっちゃうとよくないし、彼らが苦しいと思うような譜面は書けなくなりますね。
さっき話した「やり過ぎちゃった」ライブでは、ベーシストの目がどっかに行っちゃってて。指揮をしながら「疲労困憊させちゃってるな」って思ったんです。普段あんなにニコニコしているのに笑顔の欠片もない感じ。そこは気をつけないといけないところですね。
―このバンドに合わせて書くわけだから、自分がやりたいことをそのままやらせるのとは違ってきますよね。挾間:DRBBの場合、ヘリテイジ(遺産)は大前提としてあって、その延長線上で雇われたのはわかっているので、それを壊すつもりは全くないんです。だから、m_unitで作るものとは一線を画しているし、前任者の3人をしっかり勉強したうえで制作をするのが第一です。その上で、DRBBの奏者たちのコンフォータブル・ゾーンで楽しく演奏してもらえるように……もちろんそこから離れてチャレンジすることもあるんですけど、それだけだとみんな疲れちゃうので、きちんとバランスをとることは常に考えています。自分で選んでいるわけではないメンバー1人1人の特徴をきちんと把握して、その人たちに当て書きしていくのは、私としてはすごく新しい書き方でした。
―『Imaginary Visions』は現在の立場に就いて初のアルバムということで、自分のアーティストとしてのエゴを控えめにした部分もあるんでしょうか。挾間:m_unitよりはよりバンドの歴史に寄り添った内容だとは思いますけど、それを踏まえたうえで、彼らをもう一歩前に進めてあげることを考えた作品ですね。その意味では、いい名刺代わりになったと思います。これまでの歴史が見える部分もあるけど、自分のオリジナル曲しか入っていない。自分たちが今やっている活動を描写した作品になっていると思います。
―「もう一歩前に進めてあげる」ために、具体的にどういうことをしたのでしょうか?挾間:難しい曲が時々あるんですよ、リズムが途中で変わったり。そういうことも含めて、自分の美学の中でよいと思える音楽的効果を取り入れてはいます。そこが彼らにとってはチャレンジだったかもしれない。私にとっては彼らにもできる新しい表現方法かなと思ったし、前任の3人にはあまりない要素だった気がしますね。