『マスクド・シンガー』制作者が手がける新オーディション番組、売りは「拡張現実」

パフォーマーとして大成できないと思い込んでいたシンガーたちを惹きつけた

このような現実とバーチャルが混在した番組は、5年前には制作会社も実現不可能だっただろう。「去年には可能だったかもしれませんが、ここまで出来は良くなかったでしょう」とジンマンは言い、撮影プロセスに最大6カ月はかかっただろう、と付け加えた。これに対し、今回撮影に要した時間は3週間だ。「我々はFOXと一丸となって、技術開発に少なくとも1年費やしました。この時期の放映を予定していたとはいえ……我々もみな驚いています」

グラフィックの飛躍的進歩があっただけでなく、それぞれの最新技術は必ずしも互換性があったわけではなかった――FOXが先手を打って解決しなければならなかったのもそこだ。その結果、人間が泣けばアバターも同じように泣き、アバターの動きに合わせて影や反射が移動し、その時々の照明の位置でアバターの明暗も変わる。アバターは髪をかき上げたり、頬を赤らめたりもする。

顔の柔軟性が制限されているため、時にアバターは出来の悪いボトックス手術を受けたようにも見えるが、それでも過去の成功例と比べれば格段の差だ。9月22日にOAされた第1話を見ていると、実際にはアバターがステージにいないことも忘れてしまう。

ディレクターの1人、サム・レンチが最優先したのは「従来の番組と同じ視覚言語」を持たせるようにしたことだ。かすかにピザの匂いが残るがらんとしたコントロールルームで、レンチ氏はローリングストーン誌にこう語った。彼が目指したのは「テクノロジーの要素を盛り込みつつも、普通のエンターテインメント番組のように撮影し、テクノロジーにジャマさせないこと」だった。

それが一筋縄でいかない理由は様々あるが、主な理由はキャラクターを常に他のイメージの前面に持ってこなくてはいけない点だ。「他の人物やものの後ろにアバターを立たせることは絶対できません。ですから、キャラクターがピアノの後ろに移動する直前に、ここぞというタイミングで、ここぞというフレームに、特定のカメラをカットインさせて、映像が正確につながるようにするんです。キャラクターが後ろに下がっても、実際にはピアノの前に現れてしまうからです」

『Alter Ego』の可能性は、様々な理由で業界から締め出されたシンガーたち――それまではパフォーマーとして大成できないと思い込んでいたシンガーたちを惹きつけた。舞台であがってしまう人、モデル体型ではない人、すでにレコード会社の重役からダメ出しを出された人もいる。「障害や思考停止でステージに立てない人の人生を変えることを想像してみて」。メイクチームが取り囲んでスパンコールに問題がないのを確かめる間、司会者のディアスはこう促した。「この番組は音楽業界のあり方を変えるわよ」


9月23日放映回の撮影現場にて、出場者マシュー・ロードさんと司会のロッシ・ディアス(Photo by Greg Gayne/Fox)

Translated by Akiko Kato

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