ブライアン・メイがMVで30年前の自分自身と共演

1992年のソロアルバム『バック・トゥ・ザ・ライト〜光にむかって〜』のリリースは、1991年にフレディ・マーキュリーが逝去して以来、メイがクイーン以外で行う初めての活動だった。ヨーロッパでは好調な売り上げを記録したが、アメリカでは最高チャート順位は159位に留まった。ブライアン・メイ・バンドでベーシストを務めたニール・マーレイは先月、ローリング・ストーン誌のインタビューに対し、「彼にとって1992年当時は非常に難しい時期だった」と述べた。彼は「私が思うに、ブライアンは当時、フレディが亡くなってしまったという大きなトラウマからなんとか逃げようとしていたんだ。当時のブライアンは、クイーンを続けることにまるで興味がなかったようで、ロジャー・テイラーともほとんど連絡を絶っていた。ブライアンは、他のボーカリストに頼りたくはないと考えていたんだ。バッキングをするボーカリストとして素晴らしいシンガーには見当がついていたが、フレディ以外がリードボーカルを務めるという考えをどうしても受け入れられなかった」と語った。



1998年になり、メイは2枚目となるソロアルバム『アナザー・ワールド』をリリースした。マーレイは「このリリースは大きな間違いだったように思う。『バック・トゥ・ザ・ライト〜光にむかって〜』のフォローアップとしてのリリースだとするならば、遅すぎた。1998年にはもう誰もがあまり興味を持っていなかったように思う。このアルバムにはヒットしたシングル曲は1曲もなく、ほとんどがカバー楽曲だった。1992年、93年の活動でついた勢いは1998年にはもう無くなってしまっていたんだ」と語る。

2005年になり、ブライアン・メイとロジャー・テイラーは、ポール・ロジャースをリードボーカルに迎え、クイーンを再始動させた。2011年になると、アダム・ランバートを新たに迎えて更なる成功を収める。クイーン+アダム・ランバートとして、2020年には、チケットのほとんどがソールドアウトとなるほど盛況のワールドツアーを敢行中だったが、パンデミックの影響で中断となり、再開は2022年の5月からを予定している。

From: Brian May Jams With 1992 Self in Trippy New Video

Translated by Kazuhiro Ouchi

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE