映画『スターダスト』監督と主演ジョニー・フリンが語る、ボウイが経験した不遇時代

10月8日(金)より公開される映画『スターダスト』主演のジョニー・フリン(©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED, WILD WONDERLAND FILMS LLC)

デヴィッド・ボウイがロック史に残る普及の名盤『ジギー・スターダスト』を発表する前年の、知られざるエピソードを描いた映画『スターダスト』が10月8日(金)より公開される。

本作は、1971年に通算3枚目のアルバム『世界を売った男』(原題:The Man Who Sold the World)をリリースした24歳のデヴィッド・ボウイが単身アメリカに渡り、プロモーションツアーを行った『ジギー・スターダスト』(原題:The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)誕生のストーリー。当時アメリカでは全く無名だったボウイは、米国人パブリストであるロン・オバーマンとの交流や、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、アンディ・ウォーホルらとの出会いによって、別人格「ジギー・スターダスト」というオリジナルの表現を獲得していく。

監督は、イギリスの映像作家ブリエル・レンジ。ボウイの熱狂的なファンである彼は、残された数少ない当時の資料をベースに自らの考察を加えることによって、まだ何者でもなかったボウイが挫折や葛藤を乗り越え、どのようにしてロックスターへと成長を遂げていったかを克明に描いた。また、今も世界中の人々から愛され続けているデヴィッド・ボウイを演じるという大役を、体当たりで務めた俳優でありミュージシャンであるジョニー・フリンの演技も見どころの一つだ。

ボウイの映画なのに、ボウイの楽曲が使えないという難しい条件の中でどのような工夫を凝らしながらこの映画を作っていったのか。ガブリエル・レンジ監督とジョニー・フリンに話を聞いた。

──まずはレンジ監督にお聞きします。本作を制作するに至った経緯を教えてもらえますか?

ガブリエル・レンジ(以下、ガブリエル):私自身、ずっと以前からデヴィッド・ボウイのファンでした。若い頃は彼のレコードを全て買って夢中で聴いていましたし、大人になって彼の伝記を読み、音楽性だけでなくその人柄にも虜になりましたね。それで、ボウイとイギー・ポップがベルリンで一緒に暮らしていた、いわゆる「ベルリン三部作」時代のストーリーを描こうと脚本を執筆していたのですが、そのプロジェクトが途中で頓挫してしまったんです。ただ、その映画のプロデューサーが、別のボウイの映画を撮ろうとしているプロデューサーを紹介してくれて。ボウイがアメリカのツアーを回るという脚本を渡され、それがとても気に入ったので、ボウイの精神面の描写や、彼の10歳上の兄テリー・バーンズとのエピソードなどを追加して制作することにしました。

──デヴィッド・ボウイ役にジョニー・フリンを抜擢した理由は?

ガブリエル:もともと僕はジョニーの音楽のファンで、俳優としても特に『Beast』(2017年)という作品が好きだったんですよ。なので、キャスティングを考え始めた段階で彼を候補として念頭においていました。単身でアメリカに渡り、会場の半分も入っていないオーディエンスの前でプレイするなど、ボウイが経験した不遇時代のエピソードに共感できるのは、やはり同じミュージシャンの方がいいだろうと思っていましたし。実際、ニューヨークでジョニーと会って話した時には、彼が僕と同じような視点でボウイに興味を持っていることが分かり、とても有意義な時間を一緒に過ごすことができました。


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──正直ジョニーの外見は、ボウイに「そっくり」とは言えませんよね?

ガブリエル:実を言うと、見た目がボウイに似た役者の候補は他にもいたんです。でも、ジョニーほどのカリスマ性や、ボウイという人物に対する感情面での洞察力は感じられなかったんですよね。もちろんジョニー自身も、自分とは全く容姿の違うデビッド・ボウイというロックアイコンを演じることへの不安はあったようです。それはウィッグやカラコンなどメイク面で試行錯誤することで、徐々に取り除かれていきました。僕自身も「最高だ、彼に頼んでよかった」と心から思いましたね。

──ジョニーはボウイを演じる上で、どんなことを心がけましたか?

ジョニー・フリン(以下、ジョニー):こだわった点はたくさんありましたし、彼をどう演じるかについては監督と何度も話し合いました。世界中の人々から愛されているスターですから、この映画の情報がネットに流れただけで「本当に映像化できるのか?」と物議を醸していたのも知っていましたし、中には強いリアクション、否定的なコメントがあったことを気づかずにいるのは不可能でした。でも、単にボウイの外見を「模倣」しようと思っても、やればやるほど自分との違いが強調されるだけでうまくいかないだろうし、そうではなくレンジ監督の脚本から浮かび上がる一人の人物をどう表現していくか、そこに神経を集中させることに決めたんです。

──なるほど。

ジョニー:それに、この映画で描かれるのは『世界を売った男』リリース後のアメリカツアー。当時の映像や音源がほとんど残っていない、ボウイの「知られざる時代」です。であれば、ある程度は僕らのイマジネーションを広げることができる、自由に解釈する余地があると思ったんですよね。私たちの知っているいくつかの事実から「こうだったんじゃないか?」と想像力を働かせました。例えば、当時のボウイの心の状態……レーベルに契約を切られるのではないか? という不安や、兄テリーの疾患が自分にも訪れるのではないか? という恐怖などを、僕自身の経験から推し量ってみる。そうやって「新たなボウイ像」を生み出すことは、とてもワクワクする経験でもありましたね。


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──本作のストーリーは、主人公ボウイと、彼が当時所属していたマーキュリーレコードのパブリシストであるロン・オバーマンとの交流が軸になっていますよね?

ガブリエル:実は今作で、最もイマジネーションを働かせながら描いたのが「オバーマン像」です。実在の彼は、映画で描かれているほど汚い言葉遣いはしなかったようだし(笑)、実は年齢ももっと若かったから、ボウイとも気心の知れたいい関係を築いていたようなのですが、それだとドラマティックな展開にならないと思ったので(笑)、ボウイとは対照的なキャラクターとして描くことにしました。

──確かに、生粋の英国紳士といった振る舞いのボウイと、無頓着でフランクなオバーマン、二人の関係性がこの映画の推進力になっています。

ガブリエル:アメリカにやってきたときのボウイは自意識過剰気味で、その割には自分に対して自信もなく、全てがまだ「借り物」というか、作り物めいたところがあったと思うんです。「スターとして自分を見せたい」という気持ちもあったでしょうしね。それに対してオバーマンは、思っていることを口にせずにはいられない(笑)、感情表現の豊かな裏表のない人物にしました。自分の感情を常にコントロールしながら、何を話す時でもちょっと間接的な表現をする非常にクリティックでブリティッシュなボウイとは対照的ですよね。でも、そんな人物だからこそ「自己変革」を求めるボウイの背中を押すことができた、そういうキャラクターに仕立て上げることにしたんです。

──今作にはデヴィッド・ボウイの楽曲は使用されていませんが、その代わりに様々な工夫が凝らされていると思いました。例えばジョニーが作曲した劇中歌「Good Ol’ Jane,」は、まるでボウイがヴェルヴェット・アンダーグラウンドを意識して書いたような曲調で、ストーリーに見事にハマっています。

ジョニー:今回、映画の音楽をどうするかについては、撮影中も色々と状況が変わり続けていました。ボウイの楽曲を管理している財団法人や、ジャック・ブレルの楽曲の権利を持つ会社との話し合いが、監督やプロデューサーとの間で何度も行われ、結局ボウイの楽曲を使用することはできなかったのですが、そうした状況の中で「オリジナル曲を作ってみたらどうだろう?」というアイデアが出てきたんです。それでまずは設定を考えました。

──どんな設定ですか?

ジョニー:当時のボウイはジャック・ブレルやヤードバーズなど、他アーティストの楽曲を積極的に取り入れカヴァーをしていました。おそらくリリースしたばかりの『世界を売った男』で取り扱っていた、「狂気」などのテーマが彼にとって生々し過ぎたのかもしれない。ご存知のようにボウイは常に進化し続けるアーティストですから、出してしまった作品のことはもう振り返りたくないという気持ちもあったのかなと。


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──それで、他人のカヴァーをしながら次のテーマを模索していたと。

ジョニー:実際、この時期のボウイは明らかな失敗作も結構書いているんですよね(笑)。『世界を売った男』は本当に素晴らしいアルバムですが、それ以前の楽曲には「これはどうなんだろう?」と思うものもあった。あまり売れなかったシングルなど、今聴き返すと「そりゃそうだよな」と思うようなクオリティですし、「ラフィング・ノーム(The Laughing Gnome)」とか、今聞けばノベルティとしては興味深いけど、結構ひどいじゃないですか(笑)。そんなことを念頭において、「ヴェルヴェッツに深く傾倒しているボウイが、必死にルー・リードみたいなことをしようとしている曲」を作ろうと。楽曲として、あまり完成度の高くないものにしようと心がけましたね。

──作中、ボウイがニューヨークでアンディ・ウォーホルに出会うエピソードが描かれています。デヴィッド・ボウイ本人は以前、映画『バスキア』(1996年)の中でアンディ・ウォーホル役を演じたこともありましたが、今作ではウォーホルの姿を画面には登場させませんよね。こういう演出にした意図は?

ガブリエル:限られた制作費の中で、ウォーホルという大きな存在を実際に画面に登場させるとなると、「誰をキャスティングするのか?」「どう表現するのか?」など、考えなければならないことが増え過ぎてリスクが大きいと思ったんです。そのため、あえて画面には登場させず、彼と対面したボウイのリアクションによって「アンディ・ウォーホル」という人物を浮き上がらせることにしました。

──ちなみに本作の中で、監督が特に思い入れのあるシーンはどこですか?

ガブリエル:アンジーとデヴィッドのシーンは全て好きですね。実際の二人もすごく不思議な関係だったようですが、とにかくアンジーは直情的な性格で、そんな彼女とボウイが相対するシーンは緊張感や情熱が感じられてとても気に入っています。

──では最後に、お二人にとってデヴィッド・ボウイはどんな存在か、お気に入りのアルバムや楽曲と一緒に聞かせてもらえますか?

ガブリエル:これはジョニーから先に答えてもらおうかな(笑)。

ジョニー:(笑)ミュージシャンとして彼からインスパイアされた作品はたくさんあるけど、最初に惚れ込んだのはやはり「スペイス・オディティ」ですかね。楽曲で人を怖がらせるって結構珍しいことではないかと思うのだけど、あの曲を夜更に初めて聴いた時は本当に怖かった(笑)。ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」と同じくらい、自分にとってはエクストリームな楽曲だと思いましたね。最初に僕が手にしたボウイのアルバムは、『ザ・ベスト・オブ・デヴィッド・ボウイ 1974―1979』というベスト盤でしたが、そこに入っている曲は、「ジョン・アイム・オンリー・ダンシング(アゲイン)」など全て好きでした。

ボウイを通じて新しい音楽にも沢山触れることができました。例えばピクシーズは、「素晴らしいバンドがいる」とボウイが紹介していて初めて知ったんです。あれだけの大スターが、インディペンデントで活躍している駆け出しのバンドにもアンテナを張っていることにも驚かされますよね。


©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED, WILD WONDERLAND FILMS LLC 

──彼が亡くなった時のことは覚えていますか?

ジョニー:もちろん。そのときちょうど僕はレコーディングをしていてスタジオにいたのですが、実はリリースされたばかりの『★(ブラックスター)』(2016年)を、スタッフやエンジニアと一緒に聴きながら「やっぱり別次元の存在だよね」などと盛り上がっていた翌日に亡くなったので、その日のスタジオ作業はとても厳粛な気持ちで行っていたのを覚えています。あれだけ素晴らしい、彼のキャリアの中でもベスト級の作品を最後に作ってからこの世を去るなんて、いかにもボウイらしいですよね。本当に彼は「地球に落ちてきた男」で、今頃どこか別の惑星で暮らしているような気がしてならないです。

ガブリエル:僕は学生時代、ドイツにホームステイしていたときに初めてボウイの音楽に触れました。ステイ先の家族が熱狂的なボウイファンだったんですよね(笑)。それで興味を持って『ロウ』のカセットテープを購入したのが最初の“ボウイ体験”でした。言葉にするのがなかなか難しいのですが、それまでまったく聴いたことのない種類の音楽だったので「やられた!」と思いました。『ロウ』の中では「サウンド・アンド・ヴィジョン」が大好きで、10代の頃から現在に至るまで何千回と聴いてきましたね。最初に話したように、このアルバムを含むベルリン三部作の時代を脚本にしようと思ったくらいですから、当然『ヒーローズ』と『ロジャー』も大好きです。ブライアン・イーノとデヴィッド・ボウイのコラボレーションには、何か特別なものが宿っている気がしてならないですね。


スターダスト
10月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督:ガブリエル・レンジ プロデューサー:ポール・ヴァン・カーター, ニック・タウシグ, マット・コード
脚本:クリストファー・ベル, ガブリエル・レンジ
CAST:ジョニー・フリン/ジェナ・マローン/デレク・モラン/アーロン・プール/マーク・マロン
2020年|イギリス/カナダ|109分|原題:STARDUST|PG12
©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED, WILD WONDERLAND FILMS LLC 
提供:カルチュア・パブリッシャーズ/リージェンツ 配給:リージェンツ 宣伝:ビーズインターナショナル
http://davidbeforebowie.com/


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