ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」がすべてを変えた夜

3人が放つ爆発的なエネルギー

強いコーヒーの香りが染み付いた会場内の暗いカフェを通り過ぎ、狭いライブスペースへと続く重厚な扉の振動を手に感じながら押し開くと、300人のオーディエンスがひとつの塊となって凄まじい熱気を放っていた。ちょうどフィッツ・オブ・ディプレッションがディーヴォ「Freedom of Choice」のギター版高速カバーでセットを終えようとするところで、会場には汗の匂いが充満していた。

転換中にオーディエンスが外に出た隙に、筆者たちは最前列に陣取った。目の前では、細身で驚くほど背が高く、黒いTシャツを着たボサボサのブラウンヘアの男がベースアンプを設置していた。彼がラインチェックの際に鳴らした重低音は、文字通り筆者の体を揺さぶった。その背後で長髪のストレートヘアの男がドラムキットを組み立てる中、ネルシャツ姿で見るからにおとなしそうなもう1人の男が、俯いたままギターと周辺機材をセッティングしていた。金属的でクリーンなトーンが響いた次の瞬間、筆者の真正面にあったギターアンプから鳴った暴力的なほどに歪んだサウンドが空間を切り裂き、筆者は息を呑んだ。クリーンなトーンに戻って4コードのパターンが繰り返され、筆者が落胆を覚えていると、彼は歌い始めた。“ポーリーはクラッカーが大好物 / 先にヤっちまった方がいいかな”

筆者はこう思った。「ニルヴァーナはステージに立つ前にローディーに曲を演らせるんだな。なかなか面白い演出だ」。オーディエンスは直立したまま、曲に耳を傾けていた。やがてベーシストが加わり、ドラマーがハモり始める。

曲が終わると、シンガーが観客に向かってこう言った。「やぁ、俺たちはメジャーレーベルに魂を売ったセルアウトバンドだ」。彼が「Big Cheese」の冒頭のコードを鳴らすと、ドラマーとベーシストが爆発的な音ともに加わり、これがニルヴァーナなのだと筆者が悟った瞬間、フロアはモッシュピットと化した。

Photo by Paul Bergen/Redferns

最初のコーラス(サビ)にさえ達していない段階で、筆者は自分が特別なものを目撃していると確信していた。次々と流れてくるダイバーたちをブロックすべく両手を上げたまま、筆者は演奏に集中しようと努めていた。それまでにも何百というギグを経験していたが、3人の男たちがステージ上で放つ凄まじいエネルギーは完全に桁違いだった。ドラムとベース、一本のギター、そしてヴォーカルだけでなぜこれほどの迫力を生み出せるのか? それ以上に、なぜこれほど激しく心を揺さぶられるのか?

デイヴ・グロールのドラムは振動し、シンバルはおもちゃかのように揺れていたが、彼はその圧倒的なパワーを見事にコントロールしていた。カート・コバーンのギターは暴力的でありながら魅惑的で、まるでアンプが火を吹いているみたいだった。悲鳴のようなフィードバックが響くと、筆者はたじろいでバランスを崩し、彼がパワーコードを鳴らすたびに、まるでジェット機のエンジンの真正面に立っているように感じた。腹の底から絞り出すような彼のシャウトは、それまで耳にしたどのシンガーの声よりも生々しく感情的だった。

Translated by Masaaki Yoshida

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