決死のカブール脱出、女優兼監督が語った一部始終

殺人、自爆テロ、トラック爆弾などをテーマにした映画やアート作品の制作を続けた

2012年に私はドキュメンタリー映画を制作するため、出国後初めてカブールを訪れた。大人になった私の、ひとつの転機となる経験だった。いとこが空港で迎えてくれた時、私はラバーブーツとヨガレギンスにTシャツという格好だった。いとこには「ジャケットぐらい羽織ってくれよ」と言われたけれど、当時の私はすっかり米国人になっていたので、どうして体を覆わねばならないのか理解できなかった。

車に乗り込んで街へ入ると、そこかしこからダリー語が聞こえてきた。タクシー運転手も交通整理の警察官も、誰もが同じ言葉を話していた。英語を聞き慣れた耳には、とてもスピリチュアルな体験だった。突然、母国語しか聞こえてこない場所に放り込まれたらどうだろう? 信じられない状況だった。周囲を見回すと、何か感じるものがあった。貧困やゴミや、カブールの街の風景は、ネガティブなものだろうか? 私は、勇気と刺激と美しさすら感じた。とても刺激的だった。醜く酷いものに見えなかったのはたぶん、人々の顔やしぐさが私の家族を思い出させたからかもしれない。

でも何かが足りないように感じた。私は米国語を話し、米国人として振る舞っている。幼い頃から米国で育った米国人よ。そんな私が大人になって、自分では理解できない現実や理念に直面している。この国では、「ちょっとお待ちなさい。他の皆と同じように行動しなさい」と言われる。誰もが私に食事を提供し、気遣ってくれる。客人を思いやり気遣うアフガニスタン流のもてなし方だ。米国人に思いやりがないと言っている訳ではないの。でも、やり方が違っているのよ。その後2015年に再びアフガニスタンに滞在して、国中で起きている殺人、自爆テロ、トラック爆弾などをテーマにした映画やアート作品の制作を続けた。私がアフガニスタンの現状を伝えなければならない、という倫理的・道徳的な責任を感じたのね。それからはカブールが私の故郷になった。

殺人、通りに流れる血、バラバラになった遺体。アフガニスタンの一般市民が見たものを写真に収めて投稿したツイートを、まとめてアフガンのTwitterとして発信し始めた。「今起きている現実に目を向けて欲しい。大きな過ちが犯されている」と訴える声は、どんどん広がっていったわ。私たちは一般市民の声として、パキスタンに制裁を科すよう米国政府に訴えた。パキスタンは、タリバンによる自爆テロを支援している。なぜ米国政府が動かないのかは、わからない。おそらくパキスタンが核保有国だからね。パキスタンは、ワシントンで数十億ドル規模のロビー活動を仕掛けている。米国にとってパキスタンは、アフガニスタンよりも重要な存在なのね。アフガニスタンの問題を解決したいと思えば、米国はパキスタンに制裁を科しているはずよ。

Translated by Smokva Tokyo

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