ザ・クラッシュ『サンディニスタ!』 散漫かつ過剰な3枚組が大傑作となった理由

ザ・クラッシュ(Photo by Lisa Haun/Michael Ochs Archives/Getty Images)


未来を予見し、ジャンルから解き放たれた音楽

本作のピークは第3面の冒頭を飾った「Lightning Strikes (Not Once but Twice)」と「Up in Heaven」の強烈な連打だろう。この二つは合わさって10分に迫る一曲と化し、ロンドンとニューヨークの関係性を歌い上げている。パンクを生み出したロンドンのスラムの側からの、ヒップホップを育んだサウスブロンクスへと向けられた咆吼だ。まだ業界からは、ラップなど所詮一時的なものだろうと見做されていたこの時代、ロックの側から表明された最初の敬意だったといってもいい。ストラマーは「Lightning Strikes」で“ブロードウェイにロンドンの街がある”と叫び、これがニューヨークへのラヴソングであることを明らかにする。

曲はそこから急旋回しながら「Up in Heaven」へと繋がっていく。こちらではジョーンズが、祖母と一緒に南ロンドンの共同住宅で生活していた時代のことをがなり立てる。彼の目には荒涼たる都市部の高層建築のすべてが“空に聳えた巨大なパイプオルガン”に見えている。そこでは、風があらゆる痛みと惨めさとを音楽へと変えていく。ミックはRedemption Song,誌でのインタビューでクリス・シールヴィッツにこう答えている。「「Up in Heaven (Not Only Here)」は高層建築地区のゴミ配送管を吹き抜けて渦を巻く風を歌った曲なんだ」。ここでのクラッシュはそれまでになく怒りに燃えており、かつ同時に、かつてのどの場面よりも美しい。

地理的な背景を有した曲たちには同じ力が宿る。音楽はほとんどサイケデリックなまでに美しいのに、歌詞の方は、今まさに鼻先にあるような現前性を突きつけてくるのだ。「The Call Up」の“流されないぞ”という決意表明は酩酊にも似た幻想へと舞い上がる。「Charlie Don’t Surf」は『地獄の黙示録』へも言及しつつダブも効かせている、ヴェトナムを扱ったバラッド。さしずめブライアン・ウィルソンmeetsボブ・マーリーといったところだろう。「Rebel Waltz」は、歌のほか何も残すことなく散っていった、今は亡きアイルランドのクロッピー・ボーイこと1798年の革命分子らの世代へと手向けられた、幽玄という言葉が似合うハープシコードによる鎮魂歌となっている。

「Washington Bullets」では、1979年のニカラグアでソモサ王朝を倒したサンディニスタ革命への声援を、マリンバの生み出すグルーヴに載せる。同曲は同時にニクソンの支援のもと1973年にチリで起きた、クーデターによる独裁政権樹立の際の犠牲者たちへの弔意の表明ともなっている。“どうかサンチャゴ・スタジアムのヴィクトル・ハラを忘れないでくれ”と歌うストラマー。彼はここで、さらに驚くべき捻りを見せつける。強大な力を背景にした、地上のほかの帝国主義たちまでをも嘲り出すのだ。“モスクワの放った銃弾がしとめそこなったアフガニスタンの革命分子を知らないか/もし会えたら共産主義者に投票することを、そいつがどう思っているかを尋ねてみるといい/チベットの丘にいるダライ・ラマにはこう訊くんだ/いったい中国は何人の僧侶たちを捕まえやがったんだって”。おそらくこれはダライ・ラマの名を織り込んだ史上初めての楽曲ではないだろうか。X世代以降が、彼の存在やチベットの紛争について耳にする最初のきっかけとなっていることは間違いないだろう。








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さて70分のプレイリストの残りだが、通好みを選んでやろうとか、寝ないで考えるなんてことはしなくてもいい。ポップへの共感を歌い上げた「Somebody Got Murdered」もあるし、ジャズ畑のモーズ・アリソンが手がけたドタバタのブギウギ「Look Here」もある。ジャマイカ・レゲエの祝い手であるマイキー・ドレッドは「One More Time」と「Living in Fame」で、ストラマーが“なんてこった、マイキー”と混ぜ返すまで延々と怪気炎を吐き出している。「The Sound of the Sinners」はゴスペルの装いをまとった風刺で、エルヴィス・コステロがクラッシュの中でも一番の名曲として挙げている。(ホワイト・ストライプスの)「Hotel Yorba」を踏まえると、ジャック・ホワイトもたぶん同じことを言うだろう。

「Silicone on Sapphire」は、コンピューターへの執着をダブを駆使しながら喚き散らす。TRS-80時代の『キッドA』だ。「Career Opportunities」では鍵盤奏者ミッキー・ギャラガーの子息たちをシンガーに迎え、パンクを鳴らしたバンド初期の生々しい名曲を、子供向けの歌へと見事にモデルチェンジを果たしている。よちよち歩きの域に止まりそうな彼らの声が、同曲のおかしみを増しているのだ(ギャラガーのお嬢さんは本作で、子守唄ヴァージョンの「The Guns of Brixton」も披露している)。さらに「Midnight Log」や「Something About England」、「If Music Could Talk」辺りを加えてもいい。ひょっとして今、「胃が締め上げられるようなカントリーっぽいヴァイオリンのホーダウンを聴きたい気分なんだ」と仰っただろうか? ならば「Lose This Skin」がお手頃だ。アルバムの中でも出来損ない中の出来損ないだけれど、この曲はその出来損ないっぷりをこれでもかとでもばかりに振りかざしている。

『サンディニスタ!』は自信にあふれ、かつ「町で最後の無法者」的な蛮勇にも満ちていた。これが数年後には分裂するバンドの音だとは到底考えられない。クラッシュはしかし、ちゃんとしたアルバムをあと一枚しか作れなかった。『コンバット・ロック』だ。同作は隅々まで『サンディニスタ!』と肩を並べるほど芸術的で、しかも懸命なことに、しっかりポップのパッケージとして成立していた。

その後ストラマーは、まずトッパー・ヒードンを解雇し、次はミック・ジョーンズまで追い出してしまった。1988年、彼はLAタイムズにこう告白している。

「俺は自分こそがクラッシュなのだと証明したかった。ミックじゃねえぞってな。今は俺だって、間抜け野郎だったとわかっているよ。特定の誰かではなく、俺たち4人の間に起きたケミストリーが凄かったと気付かされたんだ」

そのケミストリーは、今なお『サンディニスタ!』から喧しくも鮮明に聴こえている。だからこそ40年の時を経てなお新鮮だし示唆に富んで響くのだ。ここにはクラッシュが手を取り合い、未来への大きな跳躍を勢いよく遂げようとしたサウンドが鳴っている。

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From Rolling Stone US.

Translated by Takuya Asakura

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