ザ・クラッシュ『サンディニスタ!』 散漫かつ過剰な3枚組が大傑作となった理由

ザ・クラッシュ(Photo by Lisa Haun/Michael Ochs Archives/Getty Images)


ルールなんてものは存在しない

『サンディニスタ!』にはクラッシュの到達点が幾つも見つかる。「Hitsville U.K.」、「Up in Heaven (Not Only Here)」、「The Call Up」、「The Magnificent Seven」、「Washington Bullets」、「Police on My Back」といった辺りだ。だが同時に、大麻常用者から自ずと出てきたゴミも山のように積まれている。なにせ36曲もあるのだ。三分の一くらいには収められただろう。ヴァイナル盤の真ん中のレーベル周りの箇所(ランアウトグルーヴ)には6面ちりぢりに、こんなメッセージが殴り書きされていた

「宇宙では…あなたの…声は…誰にも…届かない…クラッシュ!」(『エイリアン』のパロディ。こちらの映画も『サンディニスタ!』と同じくらい人々を慄かせたものだった)

この手のお遊びは音楽の全体にも横溢している。ジョー・ストラマーの燃えるようなシャウトに、ミック・ジョーンズのギターの閃光。ポール・シムノンのベースはアスリートみたいで、トッパー・ヒードンのドラミングはしなやかだ。しかもクラッシュは、自分たちがファンクにダブにロカビリーにスウィングにカリプソと、ただ好きなものに好きなように手を伸ばしていることについてなんら悪びれてはいない。

「きっとわかってもらえないだろうが……」シムノンは以前、ローリングストーン誌のデヴィッド・フリッケに向けてこう語っている。「パンクってのは変革を指していたんだ。第一のルールはこう。“ルールなんてものは存在しない”」

当時も3枚組というのは極稀だった。揺るがしようもない超弩級のスターたちのためのものだったのだ。ジョージ・ハリスンの『オール・シングス・マスト・パス』、イエスの『イエスソングス』、あるいはグレイトフル・デッドの『ヨーロッパ‘72』。フランク・シナトラは『トリロジー:過去・現在・未来』を発表したばかりだった。クラッシュはまず、その枠組みをぶち壊すところから始めた。小売り価格を14ドル98セントに設定したのだ。これは2枚組LPよりも安かった。実際『ザ・リバー』の定価は15ドル98セントだったから、3枚目のディスクはほぼおまけみたいなものだった。この価格を実現するため、彼らは自身の印税のほとんどを犠牲にしていた。自爆にも等しいこうした経済的無謀は。やがては彼らの自己破壊的な伝説の一部を為してもいく訳だが、同時に80年代になってからは誰一人この手の3枚組作品を作ろうとはしなかったことの説明にもなりそうだ。



「Up in Heaven」は、クラッシュのカタログ中でもっとも過小評価されている曲というだけに留まらない。これは彼らの全キャリアを通じ、もっとも豪華かつ情熱的で、最高に切羽詰まった仕上がりを誇る。しかし、このアルバムは最高中の最高の隣にゴミ中のゴミが並んでいるような代物なのだ。6面のすべてが地雷探索みたいで、終始議論のタネだった。

しかし実際に聴くとなると、当時は誰もが自分の気に入った曲だけを並べたテープを作っていたものだ。ファンの間でさえ、それぞれのカセットが違った並び順だった。僕は「Rebel Waltz」を一曲目にしていたけど、この曲が大好きなやつなど見当たらなかったものだ。そういうのもまた楽しかった(ブルックリンのバー「Enid’s」、安らかに眠れ。同店はいつも本作をフルでかけていた。僕が第5面も楽しめるようになれたのも、ここがきっかけだった)。

この頃はバンド自身も、まだ自分たちがクラッシュであることを気に入っていたようだ。『サンディニスタ!』を聴けば、連中が一緒にやることをどれほど嬉しく感じているかわかる。

「まずは音楽だ。政治性はその次だ」。ストラマーはローリングストーン誌にそう語っている。「ギターを弾きたいと思っていなけりゃ、そもそも俺らはここにこうしていない。俺たちに政治的な傾向があることは間違いない。でも最初に影響を与えられたのは音楽のサウンドだ。ギターを弾くようになって、自分が何を口にすべきかを見定めなければならなくなった。そこから自分たちの作ったその間隙を上手く使う術を探り始めたんだ」

Translated by Takuya Asakura

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