リオン・ブリッジズが語る「レトロ」からの脱却、グラスパーなど音楽家との化学反応

リオン・ブリッジズ(Photo by Pavielle Garcia)

テキサス出身のリオン・ブリッジズがアルバム『Come Home』でデビューを飾ったのは2015年のこと。ヴィンテージ・ソウルを志向するアーティストは数多くいるが、彼のそれは新人とは思えぬクォリティーを備え、陰影深い歌声はもちろんのこと、ソングライターとしての魅力も感じさせるものだった。

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だが、デビュー作の印象が鮮烈だったがゆえに、その後の彼はヴィンテージ・ソウルという枠組で語られることに苦しんだのかもしれない。3年後の2018年の2ndアルバム『Good Thing』には、前作の反動もあったのだろう。ロスアンジェルスのプロデューサー、リッキー・リードと組み、より現代的なビート感を持つR&Bに進んだ。サウンドは整理され、クリーンになったが、どこか孤独感が漂う音楽にもなっていた。正直にいうと、その『Good Thing』が出た後も、僕はまだ『Come Home』の方をよく聴いた。

先頃、発表された『Gold-Diggers Sound』はそれからさらに3年が過ぎたリオン・ブリッジズの3rdアルバムだ。プロデュースは前作と同じくリッキー・リード。前作にも参加していたギタリストのネイト・マーセローも共同プロデューサーに名を連ねる。だが、ロバート・グラスパーのエレクトリック・ピアノが夢幻的なコードを奏でる冒頭の「Born Again」から、前作とも前々作とも明らかに違う空気感が溢れ出す。

昨年、話題を巻いたテラス・マーティンとのコラボ作「Sweeter」も収録されているから、そういう意味ではよりジャズ的な洗練を加えた、と言うことはできるかもしれない。が、それはアルバムの一面に過ぎない。アフロ・ビート的なフィーリングを持つ2曲目の「Motorbike」のように、より複雑化したビート・プログラミングも聴ける。一方、ギターやホーンの使い方はよりオーガニックで、バンド的な空気感もある。とりわけ、目立つのがエレクトリック・ギターで、二人のギタリスト、ネイト・マーセローとスティーヴ・ワイアーマンが曲ごとに様々なスタイルを繰り出す。時には『Come Home』以上に時代を遡ったブルーズ・ギターが聴こえてきたりもする。


Photo by Pavielle Garcia

非常に多面的なアルバムと言ってもいいが、そんな作品が生まれた背景には、アルバム・タイトルが指し示す制作拠点があったようだ。『Gold-Diggers Sound』のゴールド・ディガーズとはロスアンジェルスのホテル&スタジオの名。サンタモニカ・ブールバード沿いにあり、60年代にフィル・スペクターやビーチ・ボーイズが使った伝説的なゴールド・スター・スタジオから遠くない地域にある。リオン・ブリッジズはこのホテル&スタジオに滞在し、内部にある9つのスタジオを巡りながら、アルバムを制作したのだという。

収録曲のほとんどはゴールド・ディガーズで、ミュージシャンとともにジャムやインプロヴィゼーションを重ねるところから、作曲へと進んでいった。アルバムに流れる空気感もまさに、そのロケーションから生まれたようだ。『Good Thing』よりさらに音楽的には前進しつつ、『Come Home』にあった生々しさも戻ってきている。そんな3rdアルバムと言ってもいいかもしれない。この7月で32歳。これからがR&Bシンガーとしての円熟期とも言えそうなリオン・ブリッジズに、その『Gold-Diggers Sound』の制作過程について、たっぷり語ってもらった。

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—アルバム・タイトルの「Gold-Diggers」はハリウッドのホテル&スタジオということですが、いつからいつまでそこに滞在して、レコーディングを行ったのですか?

リオン:ゴールド・ディガーズで作業を始めたのは2019年の秋だったと思う。終わったのは10月か11月だったかな。

—ということは2カ月間?

リオン:そうだね。出たり入ったりではあったけど、正味2カ月間くらい。

—その時期だと、コロナ禍は制作に影響しなかったんですね。

リオン:していない。アルバムの大半を作ったのはすべてがシャットダウンされるよりも前だった。リリースも実は2020年に予定していたんだ。でもパンデミックの最中に出すというのは賢明な判断ではないと考えたんだよ。


ゴールド・ディガーズでのライブ映像

—ゴールド・ディガーズはサンタ・モニカ・ブールバード沿いで、フィル・スペクターやロネッツなどがレコーディングを行っていた伝説のゴールド・スター・スタジオがあった場所から遠くないですね。何か歴史的な雰囲気を感じることはありましたか?

リオン:あそこに住むというだけでも最高の気分だったね。あの界隈はゴールド・ディガーズの歴史とも繋がっている。建物は1920年代のものだしね。40年代~60年代にかけては映画の防音スタジオとしても使われていたらしい。そういう歴史的な場所で作れたというのが素敵なことだと思う。ゴールド・ディガーズは見た目は全然それっぽくない。通りからは普通のバーみたいに見える。でも中に入ると内装が美しいし、街の喧騒を離れて避難するようなところにも感じられる。

—ゴールド・ディガーズの中には9つのスタジオがあるそうですが、お気に入りのスタジオはありましたか?

リオン:内部のスタジオを渡り歩いたよ。僕のお気に入りは「ライヴ・ルーム」だったね。ライヴ・ルームに楽器をセットアップして、インプロヴィゼーションをやジャムから曲を作っていった。僕が歌詞をちょっと書いて、それを別の部屋に持っていって仕上げたり。一度に複数の部屋を使っていたね。

—ということは曲の多くはスタジオで書かれたのでしょうか。

リオン:その通りだよ。それもあって、このアルバムを『Gold-Diggers Sound』と名付けたんだ。ほぼ全曲あの空間の中で生まれた。スペシャルな場所で作業できた。

Translated by Sachiko Yasue

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