ビリー・アイリッシュ『Happier Than Ever』制作秘話「二度とアルバムは作らないつもりだった」

「これが今の私のすべてではない」

新曲が公開される時、ビリー自身はもうそれを聴きたくないのだという。ラジオで偶然耳ににする場合などを除いて、世界と共有されたその曲を彼女が聴くことはない。「もう好きじゃないってことではなくて……」。彼女はそう話す。『Happier Than Ever』は彼女が世界で一番好きなアルバムとなったが、リリースの数カ月前にして既に、ビリーはそれが自分の手から離れることを惜しんでいる。この取材が行われた時点では、数週間後に1stシングルの公開が控えていることさえ明かされていなかった。

「どう説明したらいいのかわからないんだけど、アルバムの全曲が特定の時間、つまり私がその曲を書いてた時の記憶を宿しているように感じる」。彼女はそう話す。「リスナーがその曲を聴いて思い出すことが、私のそれとはまるで異なるっていう事実が、なんだか不思議で仕方ない。考えれば考えるほど頭が混乱するけど、私はそれをものすごく楽しみにしてる。心の底からね。それって、私が音楽を作る理由そのものだから」

筆者が最後にビリーと話した時、「Your Power」の公開から数日が経過していた。ネット上ではリスナーたちが同曲が思い起こさせた記憶について語り合っており、多くの女性が過去に経験した肉体的および精神的苦痛について明かしていた。年上のパートナーが恋人の若さに付け込もうとするくだりはとりわけ強い反響を呼び、ビリー自身も驚いている様子だった。


Photograph by Yana Yatsuk for Rolling Stone. Fashion direction by Alex Badia. Cardigan by Helmut Lang. Slip dress by Gucci (Custom).

「歌詞の意味について、みんながすごく考えを巡らせてるのがわかる」。オーバーサイズのパワーパフガールズのシャツを着た彼女は、自室で手足をせわしなく動かしながらそう話す。「これまでに書いた曲の中でも一番のお気に入りだから、公開することに恐怖さえ覚えてた。私以外の誰もこれを聴くべきじゃない、そう感じてたから」

またその週に、彼女はInstagramの「いいね」数の自己最高記録を更新した。イギリス版VOGUE誌のために撮影された、いつになく肌を多く露出した彼女の1940年代のブドワール調の写真はファンを大いに驚かせ、それは数日にわたってネット上の話題を独占し続けた。それがより「謙虚」だった彼女の以前のファッションに対する裏切りだという声もあれば、それが彼女自身が選んだものかどうかを疑問視する人もいた。だが実際のところ、彼女が露出を控えていた頃にも、その体型がネット上のトピックになることはあった。彼女のオーバーサイズの服がライバルたちを貶めるものだと見なされたり、肥満の人々を忌み嫌う勘繰りがちな人々からけなされることもあった。「ぶかぶかでオーバーサイズの服を着た私が表紙の数年前のVOGUEと、最新号のやつを並べた写真を見た。『これが成長ってやつ』というキャプション付きのね。言いたいことはわかるけど、同時にこうも思った。『これは許容すべきじゃない。これが今の私のすべてではないし、私は成長する必要なんて感じてなかった』」

ファッションにおける冒険と同様に、『Happier Than Ever』は彼女という存在をリセットするものではない。それはむしろ、ビリー・アイリッシュというアーティストの定義とレンジを拡大しようとしている。懸念していた通り、曲が公開されてから彼女は「Your Power」を聴かなくなったという。「うまく言えないけど、何かが変わったんだ」。そう話す彼女自身、そのことに困惑している様子だった。

曲が世界中の人々と共有された今、彼女はアルバムの他の曲に世間がどう反応するかについても、特に何かを期待しているわけではない。ビリー曰く、今はすべての曲に伴う映像の制作とワールドツアーの実施を計画しているところだいう。

彼女はもうひとつ、新作に期待していることがあるという。「あの曲がボーイフレンドと別れるきっかけになってくれたらと思ってる」。そう話す彼女の声には、わずかながらユーモアが感じられた。「誰かが辛い目に遭わずにすむといいな」


※前編:ビリー・アイリッシュが語る「悪夢」と「希望」、トラウマと葛藤、過去の自分との決別

From Rolling Stone US.




ビリー・アイリッシュ
『Happier Than Ever』
2021年7月30日リリース

ビリー・アイリッシュ日本特設サイト:
https://sp.universal-music.co.jp/billie-eilish/

Translated by Masaaki Yoshida

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