ビリー・アイリッシュが語る「悪夢」と「希望」、トラウマと葛藤、過去の自分との決別

プライバシーを失った世界での葛藤

『WHEN WE ALL FALL ASLEEP ~』と当時の彼女のルックは、ポップの世界において圧倒的にユニークだった。しかしそれによって、彼女が過去のものとみなすイメージが根強く残ることになった。最近放送された『ル・ポールのドラァグ・レース』の歌唱チャレンジのルール説明の場面では、挑戦者のドラァグクイーンが選んだ曲が「モロにビリー・アイリッシュ」だと指摘されていた。

「そんな風に言われて、どう思うんだろう。ネット上でひそひそと好き勝手言ってる人たちと同じような考え方なのかな。ネット上で自分のモノマネを見るたびに、いかに自分が誤解されているのか思い知らされる。私はプライベートなことは何もシェアしない。キャラが立つから世間は私のことを何でも知ってるように錯覚しがちだけど、誰も私のことなんか何もわかってない」。彼女は世間にいくつかのことを知って欲しいという。「私が歌えるってこと。私が女性だということ。私にもパーソナリティがあるってこと」。『Happier Than Ever』は、これらすべてのステートメントを示している。

「『君の曲はどれも一緒だね』なんて言われると、すごくムカつく。そうならないように、私はすごく努力してるから。そういうことを言う人たちって、実際には『bad guy』と『Therefore I Am』しか聴いたことがないのに」。どちらの曲にも、抑制の効いた声でラップするように歌うという、彼女の大きな特徴が見られる。しかし長いツアーを経験したことで、彼女はヴォーカリストとして表現力を増し、新作に収録される「my future」や「Your Power」ではジャジーなタッチさえ感じられる。



ビリーにとって、プライバシーは自分が思っていた以上に重要だった。彼女はキャリア初期に、その大半を既に失ってしまっていた。彼女は「ムカつく16歳のガキ」(本人談)だった自分が、プレティーンの頃に好きだったジャスティン・ビーバーのようなアーティストに望んでいたことを、自分のファンに与えてあげたいと思っていたという。「ファンの要望に全部応えてあげられないことは悲しい」。彼女はそう話す。「有名になればなるほど、(私の好きなセレブレティが)どうして自分の期待に応えてくれなかったのか理解できるようになった」

その思いをうまく言い表せないことに、彼女はもどかしさを覚えているようだった。「それって、この世界の住人にしかわからないの。私が今思ってることを口にしたら、(ファンは)きっと11歳の頃の私と同じように反応すると思う。『簡単じゃん、やればいいのに』みたいなね。でも実際は違う。何かを行動に移す前に、死ぬほど多くのことについて考えなくちゃいけない」


Photograph by Yana Yatsuk for Rolling Stone. Fashion direction by Alex Badia. Shirt by Burberry.

ビリーは自身の暮らしを「いたって普通」だとしているが、実際にそういう部分もある。『トワイライト・サーガ』を観たり、慎重に慎重を重ねながら初デートに出かけたり、最近では初めてのタトゥーを入れた(去年の11月に右の太ももに巨大な黒龍を入れ、2020年のグラミー受賞式の翌日には凝ったゴシックなフォントを用いたEilishの文字を胸の真ん中に刻んだ)。「そんな感じだから、『ビリー・アイリッシュがイルミナティのメンバーであることを示す10の理由』なんていう記事を目にすると、おかしくて仕方ないの」。彼女はそう話す。「私がどれだけ普通か知らないでしょ、って感じ」

より多くのことをファンと共有したいと思う一方で、そう考えるたびに彼女はナーバスになる。『Happier Than Ever』の楽曲では、「延々と続くインタビュー」や、精神的虐待の加害者、決して縁を切れない有害な知人たち、脳裏に焼き付いた自身の発言などに対する恐怖感が描かれている。

「ネット上にログを残すことなく、私が考えてることや感じてることを全部ファンと共有できたらって思う。発言の内容や、ごく当たり前な考えが問題視されたりするようなことがなかったらいいのにって」。彼女はそう話す。「あと悲しいのは、ファンが私のことを知らないってこと。私もみんなのことを知らないけど、私たちは確かに繋がってる。相手のことを何も知らないのに、知っているように錯覚してしまうのって問題だと思う。それってすごくしんどいから」

外に出た私たちは気持ちのいい陽射しを浴びながら、庭にひとつだけ置いてあるピクニック用テーブルの上で、崩れがちなピーナッツバターのクッキーを食べた。Sharkはとりわけ陽当たりがいいスポットで横になっている。彼と親しくなりたくて仕方ないらしい近所の犬が吠えると、Sharkは素早く反応してフェンス沿いを走り始めた。ビリーは少し嫉妬している。

「自分もあんな風になれたらって思ったりしない?」

Translated by Masaaki Yoshida

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